AP通信の記者が「サトシ・ナカモト」らしき日系男性と対峙した日(Forbes JAPAN)

ブロックチェーンを考案し、ビットコインを生み出した謎の天才サトシ・ナカモトの正体とは? 「ニューヨーク・タイムズ」のベストセラーを邦訳した『サトシ・ナカモトはだれだ?』(河出書房新社)から一部引用・再編集してお届けする。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ・突如として正体不明の技術者が大富豪に 2014年3月6日、ロサンゼルスで目を覚ましたライアン・ナカシマは、いつものように携帯電話でニュースの見出しをざっと確認した。彼はAP通信のメディア&テクノロジー担当記者で、世の中で起きているニュースを把握するのが仕事だった。その朝、ライアンの目に留まったのはニューズウィーク誌の特集記事で、それはすでに世界中のメディアに拾われ始めていた。雑誌の表紙には、仮面をつけた男の白黒イラストが大きく描かれ、その上には「ビットコインの顔」という文字が躍っていた。 記事の内容は、ライアンが担当する2つの分野にまたがっていた。セルジオ・デミアン・ラーナーが、ナカモトが110万枚ものコインをマイニングしながらそれを一切使っていないことを示す研究結果を発表したことで、サトシ・ナカモトは誰なのかという疑問が再び重要性を増していた。突如として、無名の、しかも未だ正体不明の技術者もしくは複数の技術者たちが、世界でも有数の大富豪の仲間入りをしていたのだ。

当時ライアンが追っていた大きな話題の1つが、新聞や雑誌の衰退というテーマだった。ニューズウィーク誌は最近2度も売却され、2012年末には紙媒体を廃止していた。最新のオーナーであるIBTメディアは、紙媒体のニューズウィーク誌を復活させようとしていたが、メディアの競争はかつてないほど熾烈になっていて、競争を勝ち抜くのは難しかった。その意味で、ライアンが携帯電話でざっと目を通した4500単語からなる特集記事は、まさに稲妻のような衝撃を与え得るものだった。 謎の人物は、どうやらロサンゼルスで堂々と暮らしていたらしい。これまでの記者たちが、「サトシ・ナカモト」は偽名だと考えた上で記事を書いていた。しかしニューズウィーク誌の記者リア・マクグラス・グッドマンは、そのような前提には立っていなかった。彼女は帰化申請のデータベースを丹念に調べ、日本生まれの米国市民であるドリアン・プレンティス・サトシ・ナカモトという人物を見つけた。 この男性は興味深い経歴を持っていた。64歳の失業中のエンジニアで、カリフォルニア州立ポリテクニック大学で過去に物理を学んでおり、文末のピリオドのあとにスペースを2つ空ける癖があり、彼の妻の証言によれば、米国式と英国式の両方のつづりを使うという。 疎遠になっていた彼の兄弟はグッドマンに対して、ドリアンは「クソ野郎」だと言い、彼は政府の機密プロジェクトに関わっていたが「あいつの人生にはしばらくの間、何してたのかわからない空白期間があるんだ……全部否定するだろうけどな」と語った。さらに、ドリアンは前立腺がんや脳卒中などの健康上の問題を抱えており、これはビットコインプロジェクトからサトシが姿を消した状況とも符合する。 ・ドリアンにメールで接触に成功 2月初旬、グッドマンはドリアンが以前に注文していた鉄道模型の会社から彼のメールアドレスを入手し、趣味について尋ねるメールを送った。ドリアンによれば、彼は10代の頃から鉄道模型が好きで、「手動旋盤やフライス盤、平面研削盤」を使って自分で部品を作るという。経歴に関する質問をすると、グッドマンいわく「言葉を濁す」ような反応を示し、さらにビットコインのことを聞き始めた途端、まったく返事をしなくなったという。ドリアンの息子エリックは、父はビットコインについて絶対に話さないだろうとグッドマンに告げた。 そこでグッドマンは、ロサンゼルス北東のテンプルシティにあるドリアンの家を訪ねた。ドリアンは6人の子供を持つ父親で、妻とは別居中、93歳の母親と暮らしていた。彼は窓からのぞいただけでドアを開けず、ほどなく地元の保安局から巡査が2人やってきた。ドリアンが「知らない女が1時間もドアを叩き、玄関に座り込んでいる」と通報したのだ。 グッドマンが警官に事情を説明すると、ドリアンはジーンズにTシャツ、靴を履かずにジム用ソックスだけという恰好で家から出てきた。そして車道の端のグッドマンが立っている場所まで来ると、彼は短く質問に答えたという。グッドマンによれば、ドリアンはうるさそうに手を振りながら「私はもう関わっていないし、話すこともできない。あとは他の人に任せてある。今は彼らが管理していて、自分には何の関係もない」と一蹴したそうだ。そしてドリアンは家に戻り、グッドマンは彼の言葉が自分のスクープを裏付けたと思ってその場を立ち去った。 ビットコイナーたちはこの記事に激怒した。疎遠になっている家族にインタビューし、ドリアンの自宅と車の写真が、家の番地やナンバープレートが読み取れる状態で掲載されている。ギャビン・アンドリーセンは(彼の指揮のもと、ビットコイン開発者たちはナカモトが書いたオリジナルのコードの3分の2をすでに書き換えていた)、「ニューズウィーク誌がナカモト一家をさらしたことに失望し、以前リアの取材を受けたことを後悔している」とツイートした。しかし、この種の反発が起きるのは想定内だったかもしれない。 ライアンがドリアンの住所を調べてみると、AP通信の支局から車で数マイルしか離れていないことがわかった。彼は上司に、そこまで行ってインタビューを試みたいと申し出た。テンプルシティは、パサデナの南東にあるアジア系住民の多い地域で、「美味しい餃子を探すならあの辺に行く」という感じの場所だとライアンは後に語っている。 到着してみると、ライアンにはドリアンの家が「とても日系米国人的な景観」に見えた。石灯籠が立ち、車道には銀色のトヨタ・カローラがシートで覆われて駐車されている。とても大富豪の家とは思えない。その朝はうだるような暑さで、近くの芝生の上には十数人の記者が座り込み、疲れ切った様子で退屈そうに雑談していた。ライアンはこれまでにも似たような張り込みを経験していて、今回も同じような展開になるだろうと予想した。何時間も待って何も起きず、手ぶらでオフィスに戻ることになるのだろう、と。 ところが突然、玄関のドアが開き、見た目のさえない、少し身なりの乱れた男性が姿を現した。記者たちは一斉に駆け寄り、彼を取り囲んで質問を浴びせ始めた。「とにかく今は質問なしだ」とドリアン・ナカモトは言った。「俺はタダでランチを食いたいんだよ」。ライアンは集団の後方にいたので、誰か別の記者がこの瞬間をものにするだろうと思っていた。ところが「奇妙な沈黙が流れました。なぜかみんな、黙ってしまったんです」とライアンは言う。 ビットコインの創始者がタダ飯を必要とする? そこでライアンが手を挙げて言った。「じゃあ、僕がランチをおごりますよ」 「こいつと行く」とドリアンは答えた。 ライアンは群がる記者たちをかき分けて、「彼は僕と来るんだ」と言い、ドリアンを年季の入った青いプリウスに乗せた。 車の中でドリアンは「寿司が食べたい」と言った。 「いいですよ」とライアンは答えたが、「ビットコインの創始者がタダ飯を必要とするものなのか?」と疑問を抱いたという。 ライアンはテープレコーダーを回し、質問を始めた。後日、彼はその録音データを私に送ってくれたのだが、そこには2時間44分に及ぶ会話が収められていた。 ドリアンはすぐに、自分はビットコインの発明者ではないと否定した。「俺は全然関係ないんだ。ランチ代を払いたくなくなったのなら、それでもいいよ」 注:記事中リンクから商品の購入などを行なうと、編集部に収益が入ることがあります。また事業者は、商品の選定や記事内容には一切関与していません。

Forbes JAPAN 編集部

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