「日本は米国の戦争に巻き込まれてはならない」エマニュエル・トッドが語る“庇護”という幻想

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 平和の大陸だったはずのヨーロッパが、いま再び戦争へと傾いている。フランスの歴史家エマニュエル・トッド氏は、その背景にあるのは米国の戦略であり、日本はこの「ヨーロッパの二の舞」を決して演じてはならないと警告します。米国の「庇護」は、もはや無条件の安全を意味しない。むしろ日本を不要な戦争に引き込む危険すらある。広島を再訪した経験も踏まえながら、トッド氏は「日本は米国の戦争に巻き込まれてはならない」と訴えます。その言葉の真意とは何か。『2030 来たるべき世界』から一部を抜粋・再編集してお届けします。

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「ヨーロッパの二の舞を避けよ」

 私にとって最も関心のあるところは、ヨーロッパのことです。

 もう30年以上前からしばしば日本を訪れるようになりましたが、そのたび、ヨーロッパについてポジティブな見方を述べてきました。

 とくにイラク戦争以後ですが、日本とヨーロッパはともに長い歴史を持ち、古い農耕社会の文明を引き継いでいる理性的な社会であり、迷走する米国と比べて共通の要素がある、と。そして、日欧の関係が緊密になれば、世界の安定にとって大きく寄与するだろうと主張してきました。

 しかし、もはやそう考えてはいません。

 西洋による対ロ制裁からロシアは立ち直りましたが、むしろそれによってヨーロッパ経済の方が破壊されました。そうやって、この戦争に敗北したことがわかり、ヨーロッパ社会が危機に陥ると、そこにも固有のニヒリズムが登場してきました。

 戦争への情念です。

 さっきも述べたように、とくにヨーロッパ北部で顕著です。ヨーロッパ諸国の政府は国民に対して戦争に備えさせようとしています。

 日本では、西洋には、ヨーロッパという極と米国という極があると見られているようです。今は、米国という極が非常に危なくなっているけれど、ヨーロッパという極はもっと穏健で理性的であると。私もそう思っておりました。しかし現在、新しい局面になって、ヨーロッパという極も狂ってしまい、米国という極と同じくらい危険になっています。

 狂った極の核にあるのは言うまでもなくドイツです。ドイツの転向です。

 ドイツが戦争という考え方に傾斜してしまいました。前首相で社会民主党出身のショルツ氏は穏健でした。しかし今のメルツ首相は戦争もありえるという考え方になっています。いうまでもなくドイツはヨーロッパで重要な地位を占める国です。

 英国が好戦的なのは残念です。私は英国が好きだっただけになおさらです。しかし、英国は、この問題ではそれほど重要ではありません。あの国の工業力はかなり弱いのです。

 フランスのマクロン大統領が好戦的になるのも、フランス人の私には悲しいことです。愚かで危険な大統領を持ったことが悲しいのです。しかし、フランスも工業力はとても弱い。状況を大きく変える意味はもちません。

 カギを握るのはやはりドイツです。ドイツが好戦的になり、産業を軍需の生産に向ければどうなるか。その国力を考えれば、ロシアにとって大きな問題になります。

 ロシアにとって本当に危険な存在になります。ロシアは信頼できる国だと言いましたが、それはつまり、ロシア人は口にしたことを、そのとおり行動に移すという意味です。平和を望むと言えば、それは本当に平和を望んでいるのです。そして、危険なことを口にしたときも、それを実行します。で、ロシアは北大西洋条約機構(NATO)が総がかりでロシアの領土を脅かすならば、自分たちはより人口が少なく弱い国であるから、戦術核の使用も辞さないと言っています。だから、ドイツが好戦的な陣営、ヨーロッパの狂った陣営の側につくことは本当に問題なのです。


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 ヨーロッパで起きたことを、日本はよく考えてみるべきです。ヨーロッパは平和の大陸でした。戦争でずたずたになった経験から、平和を維持する仕組みとして欧州連合(EU)を建設しました。

 しかし、冷戦時に東西を分けていた鉄のカーテンが消えたときから、米国はヨーロッパをまんまと再び戦争に向かわせてきたのです。今、米国はドイツを戦争に引き込むことにも成功しつつあります。

 あなたたちの庇護者を自称する者が、実はあなたたちを戦争に追いやる。最前線に向かわせる。古典的なやり口です。もちろんより苦しむのはヨーロッパ人です。

 日本人にとっても重要なことがあります。米国が中国を戦略的に抑え込もうとするとき、第一線に動員されるのはだれでしょうか。だから、日本をとりまく国際状況を考える立場にある人たちは、ヨーロッパ人に起きていることをよく考えてみるべきだと思います。

 ここから得られる教訓は、ヨーロッパを信用してはいけない、ヨーロッパのように行動してはいけない、ということです。

「日本は米国の戦争に巻き込まれてはいけない」

 ただ、人々があまり目を向けないことがあります。

 それは、軍拡競争がどれほどリスクを伴うかということです。ここで、日本に来てから、私が何度も問われたことについて触れようと思います。

 私がかつて話した問題です。日本の核武装についてです。

 最初に触れたときも、思いつきで話したわけでありませんでしたが、さんざん考え抜いていたわけでもありません。

 それは2000年代のはじめ、イラク戦争のころでした。そのときに私が話したのはこういうことです。当時、同盟相手の米国がイラクで戦争をするというわけですから、日米安保は日本の安全保障にとって頼りになりそうもない。

 また、大国になるためのプロセスに入った中国との関係も難しい局面になっていた。それらを考慮すると、日本は核兵器保有について考えてみる必要があるのではないかと思ったのです。

 これが日本には特別の問題であることは意識しています。広島には2度行きました。国際交流基金(JF)の招きで最初に訪問した1992年に、広島を訪問しました。平和記念資料館も訪れました。そして2025年にも広島を再訪しました。

 資料館が前と変わっていたことに気づきましたが、前回以上に心を揺さぶられました。というのも1992年当時の世界は楽観的な見方が広まっていました。冷戦が終わったところでした。もう戦争の時代は終わりだ、それは過去の話だという希望に満ちていました。たしかに恐ろしい時代があったけれど、終わったのだと。

 しかし、再訪した今の世界の情勢はまったく違います。

 だれもが核戦争の可能性について話し続けています。脅威を感じればロシアは戦術核を使うかもしれないという恐れ、核兵器を保有するかもしれないというので実施されたイランへの攻撃。広島平和記念資料館を訪ねて、「恐ろしいことだ、でもこんなことはもう終わった、二度と起きない」などと言うことができなくなっています。私も落ち込んでしまいます。実際、30年ほど前に来たときよりショックを受けました。

 そして、もう一度考えてみました。理性を働かせて、なんとか心の動揺を抑えることができました。核兵器はもちろん恐るべきものです。しかし、生存するために選ばなければならないのは、心地よい選択肢とひどい選択肢の二つからではないのです。実際は、ひどい選択肢か、さらにもっとひどい選択肢か、の二つなのです。


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 現在、米国は不安定で、衰退というかむしろ退廃し続けている情勢です。その米国は、日本の庇護者を自称していますが、実際はおそらく、中国あるいはどこか別の国との必要でもない戦争に日本を引き込むことを夢想しているのです。だとすれば、核兵器の保有という問題を考えなければなりません。

 あくまでも理性的に考えていかなければなりません。

 核兵器が歴史上使用されたのは、一つの場面でだけです。そのときは、対立する一方の国は核兵器を保有し、もう一方は保有していませんでした。つまり広島と長崎の悲劇です。米国は持っていましたが、日本は持っていなかった。核による恐怖が均衡したとたんに、平和の保証はぐっと高まるのです。戦争は、現実には不可能になるのです。

 それが、実際の歴史が示している現実です。通常兵器による戦争は数百万人を殺害しかねません。たとえば、米国によるベトナムの爆撃。通常兵器だけを使ったわけですが、300万人ともされる死者を出しています。しかし、通常兵器は戦争のリスクを高めます。これに対して、敵対する国が両方とも核兵器を保有する均衡状態では、戦争のリスクは下がります。

 インドとパキスタンはともに核兵器を保有して以来、境界線付近での小競り合いは起きるけれど、両国の間の本格的な戦争というのはもはや考えられなくなっています。

 中東を見てみましょう。核の不均衡がある地域です。そこでは、イスラエルが唯一の核保有国です。しかし私は、いつかイランが核保有国になれば、中東が平和になると確信しています。きわめて危険な戦争への状態をつくり出すのは核の不均衡なのです。

 結論に移りましょう。私は、広島を訪ねてなお、日本は核保有を検討するべきだと考えます。

 日本にとってよい解決策は、米国によって戦争に引っ張り込まれることではありません。

 日本はその近代性によって西洋の中に属してはいますが、西洋世界とは別の歴史があります。西洋の敗北にさらに巻き込まれるよりも、自分の非西洋的な源に立ち返るべきではないでしょうか。

 そして、ヨーロッパや米国などの同盟国ではなく、むしろ西洋とその他の世界の仲介者として振る舞うべきだと思います。

 たとえばBRICSは、西洋からの圧力に抵抗している国々ですが、日本はある意味、明治期にたった一人で最初のBRICSになった国なのです。

 今すぐには無理だとしても、ウクライナの戦争が終われば、そこでの西洋の敗北から新たな可能性が開けていくと思います。

 日本は、自分を単に、通常兵器をさらに作り続ける米国の同盟国と考えるべきではありません。

 日本はもっと広い視野で自らの歴史と、西洋諸国、非西洋諸国との関係について省察を深めるべきです。そしてどこかの陣営に加わることよりも中立の立場でものごとを考えるべきだと思います。

 私が、日本の長い歴史を学んで思うのは、その伝統は中立性にあるということです。同盟によって戦争に巻き込まれることではありません。

⇒この続きは、ぜひ『2030 来たるべき世界』を手に取ってご確認ください。

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