「IQが高い人ほど頭がいい」は時代遅れ。本当に頭のいい人の脳には特徴があった
「IQが高い人ほど頭がいい」「勉強ができれば頭がいい」という認識は、もはや時代遅れなのかもしれません。お茶の水女子大学基幹研究院自然科学系助教である脳科学者の毛内拡先生は、「VUCA」とも呼ばれる時代においては、正解がない問いについて粘り強く考え続けられる「脳の持久力」がより重要になっていると言います。そして、その力を高めるために、先生はひとり旅をすすめます。
構成/岩川悟 取材・文/清家茂樹 写真/石塚雅人
【プロフィール】毛内拡(もうない・ひろむ)1984年生まれ、北海道出身。お茶の水女子大学基幹研究院自然科学系助教。2008年、東京薬科大学生命科学部卒業。2013年、東京工業大学大学院総合理工学研究科博士課程修了。博士(理学)。日本学術振興会特別研究員、理化学研究所脳科学総合研究センタ一研究員を経て、2018年より現職。生体組織機能学研究室を主宰。脳をこよなく愛する有志が集まり脳に関する本を輪読する会「いんすぴ!ゼミ」代表。「脳が生きているとはどういうことか」をスローガンに、マウスの脳活動にヒントを得て、基礎研究と医学研究の橋渡しを担う研究を目指している。『心は存在しない』(SBクリエイティブ)、『なぜか自信がある人がやっていること』(秀和システム)、『運のいい人がやっていること』(秀和システム)、『「気の持ちよう」の脳科学』(筑摩書房)、『すべては脳で実現している。』(総合法令出版)、『脳研究者の脳の中』(ワニブックス)、『面白くて眠れなくなる脳科学』(PHP研究所)など著書多数。
IQ(知能指数)は、頭のよさを測る要素のひとつに過ぎない
多くの人は、「できれば頭がよくなりたい」という願望をもっています。当たり前ですが、わざわざ「頭が悪い人になりたい」とは思いませんよね。でも、そもそも「頭がいい人」とはどのような人なのでしょうか? たとえば、「IQ(知能指数)が高い人」をイメージした人も多いはずです。
ただ、IQとは本来、それぞれに得手不得手や発達の度合いに違いがある子どもたちのなかからサポートが必要な子を見つけて適切な教育を施し、学校教育において、いわゆる落ちこぼれになる子をつくらないために開発された指標です。
このことからもわかるように、IQが測るのは、学校のテストなど「正解がある問いに対して、素早く正確に正答を導く」能力です。たしかにIQが高いことは頭がいいとも言えるのですが、知能(頭のよさ)は複合的な要素で成り立っており、IQはそのひとつの要素に過ぎません。
もちろんIQだって高いに越したことはありませんが、これからの時代に育むべきは、「脳の持久力」だと考えています。その背景には、Volatility(変動性)、Uncertainty(不確実性)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性)の頭文字をとって「VUCA」と呼ばれる、「変化が激しく先行きが見えない」とされるいまの時代の特性があります。
そのような時代に大きな成果を挙げて活躍するためには、IQで測れる能力とは異なり、逆に「正解がない問い」について粘り強く考え続けることができる、「脳の持久力」が必要なのです。
「ニューロン」ではなく「グリア細胞」こそが主役
「脳の持久力」が高い人の脳には、ある特徴が見られます。その特徴とは、脳の中枢神経系を構成する細胞のひとつである「グリア細胞」がしっかりと働いているということです。
「ニューロン(神経細胞)」という脳の細胞については知っている人も多いでしょう。脳内でネットワークをつくり、情報の受け取りや処理、出力、伝達などを行なう細胞で、思考や記憶、運動の司令といった脳の中心的役割を担っています。
ただ、そのニューロンの活動には、グリア細胞の働きが欠かせません。グリア細胞は、ニューロンに栄養素を与えたり、脳内の掃除係として老廃物を回収したり、ニューロンが損傷したときに修復したりと、ニューロンの活動を支えているのです。
たとえばですが、もし家事ができなかったらどうなるでしょう? ご飯を食べられず、うちのなかにはどんどんゴミが溜まり、満足に生活を送れなくなるに違いありません。グリア細胞が果たしているのは、そういった生活に欠かせない家事のような役割です。
そういう意味でニューロンの活動にはグリア細胞が不可欠であり、グリア細胞が多いほど「脳の持久力」が高く、粘り強く考え続けることができるようになる。つまり頭がいいと言えるわけです。
ただ、そう言うと、グリア細胞に対して「お手伝いさん」のようなイメージをもつ人もいるかもしれません。しかし、グリア細胞なくしてニューロンは満足に活動できないのですから、むしろグリア細胞こそ主役と言える側面もあります。
実際、グリア細胞の多寡は頭のよさに直結しています。脳におけるニューロンとグリア細胞の割合を調べた結果を見ると、ネズミだとニューロンのほうが断然多く、猫で同じくらい、人間ではグリア細胞のほうが多いというように、複雑な脳をもつ動物ほどグリア細胞が多いのです。
極めつけは、「20世紀最大の知性」とも呼ばれるアインシュタインです。死後にアインシュタインの脳を調べてみたところ、その一部分において一般的な人の2倍ものグリア細胞があったそうです。
「新奇体験」と「情動喚起」でグリア細胞を活性化する
そうであるなら、「グリア細胞を増やしたい」と思った人もいますよね。でも、残念ながらその数を増やすことはできません。ニューロンについても同様ですが、脳の細胞を増やすことはできず、生まれてから死ぬまでのあいだその数は減る一方です。
ただし、その活動を活性化することは可能です。グリア細胞が元気に働くための要素には大きくふたつあり、ひとつが「新奇体験」です。「新規(New)」ではなく「新奇(Novel)」ですから、ただ新しいだけではなく、「普段の自分だったらやりそうにない珍しい体験」を意味します。
そして、グリア細胞を活性化させるもうひとつの要素が、「情動喚起」です。これもただ喜怒哀楽が起こればいいわけでなく、たとえばワクワクするような体験で心臓がドキドキするとか、びっくりしたり衝撃を受けたりして体が緊張するような、身体的変化をともなうものがより好ましいとされます。
この新奇体験と情動喚起によってなにが起きるかと言うと、脳がピンチに陥るのです。身体的な変化をともなうようないつもと違うことと直面し、なんとかその状況を切り抜けなければなりません。そこで、たとえば過去の記憶を総動員して考える、あるいはいまの状況からしっかりと学習して将来に活かそうとするといったなかで、グリア細胞は活性化していきます。
そういった経験をするために私がおすすめするのは、ひとり旅です。友人など誰かについていけばいいといった旅行と異なり、ひとり旅の場合には、どこに行ってなにをするのか、どこでなにを食べるのか、そのためにはどこに宿をとればいいのか、どのような交通手段が最適なのかなど、考えるべきことがいくらでもあります。旅先が初めて訪れる場所なら、それこそ「新奇」な体験をたくさんできるでしょう。
忙しくて旅行をする時間が確保できない人なら、普段の通勤ルートを変えるだけでもかまいません。私自身、自宅と職場である大学の行き帰りなどの際、意図的に「道に迷う」ことを実践しています。日常のなかであっても、少しでもグリア細胞を刺激することを考えてみましょう。
【毛内拡先生 ほかのインタビュー記事はこちら】「ぼーっとする時間」が記憶の定着率を上げる。短期記憶を長期記憶にする方法(※近日公開)
脳科学者が明かす「脳の持久力」の高め方。「失敗したほうがいい」って本当?(※近日公開)
【ライタープロフィール】清家茂樹(せいけ・しげき)
1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。