「年を取ると時間の流れを早く感じる」神経科学的な理由が明らかに(ナゾロジー)|dメニューニュース
年を重ねるほど、「1年があっという間に過ぎる」これは多くの人が実感として報告していることです。
ではなぜ、年齢を重ねるとそのような時間感覚の変化が起こるのでしょうか? ここには脳の働き方そのものの変化が関係している可能性があります。
これまで心理学では、日常生活に新しい刺激が減ったり、同じような出来事が繰り返されたりすることで、時間の流れが早く感じられると説明されてきました。
しかし、「なぜ脳がそう感じるのか」を神経科学のレベルで示す証拠は、これまでほとんどありませんでした。
英バーミンガム大学(University of Birmingham)らの国際研究チームは、映画を見ているときの脳活動を解析し、加齢に従い、脳が出来事を細かく区切らず、より大きな流れとしてまとめて処理するようになっていることを発見しました。
これが同じ時間でも、若い時と加齢時で、記憶の時間感覚が大きく異なる原因となっているようです。
この研究の詳細は、2025年10月8日に科学雑誌『Communications Biology』にオンライン掲載されています。
- 脳は「時間」をどう処理しているのか
- 記憶の中の時間の流れは「区切り方」に秘密があった
脳は「時間」をどう処理しているのか
私たちは、世界を連続的に体験していると思いがちですが、実際には脳は「エピソード(出来事)のまとまり」として時間を区切って処理しています。たとえば映画を見ていて、登場人物が別の場所に移動したり、話の展開が変わったりすると、私たちは自然に「ここでシーンが変わった」と感じます。
脳の中でも同じように、場面の切り替わりに合わせて活動のパターンが変化します。つまり、脳は「今の出来事が終わり、新しい出来事が始まった」と判断して、それぞれを別のまとまりとして処理しているのです。
研究チームは、このように同じ脳の活動が続いている時間のまとまりを1つの単位として解析しました。
脳が出来事をどのようなリズムで区切っているかを調べることで、時間の感じ方の仕組みを明らかにしようとしたのです。
今回の研究では、18歳から88歳までの577人が参加しました。参加者はアルフレッド・ヒッチコック監督による8分間の短編サスペンス映画『Bang! You’re Dead』を視聴し、その間の脳活動を機能的磁気共鳴画像法(fMRI)で測定しました。
この映画は、別の16人の参加者が見た際に「物語の切り替わり」と感じた場面が報告されており、5人以上が一致したタイミングをもとに19か所のイベントの区切り(イベント境界)が定義されています。そのため、映画の進行に沿って脳がどのように時間を区切るかを観察するのに適していました。
研究チームは、この脳の活動パターンがどのタイミングで変化するか、脳のどの領域で活動が変化し、「どのくらい細かく出来事を分けて捉えているのか」を高精度で解析しました。
こうしてこの研究は、脳が“時間の流れをどのように刻んでいるのか”という仕組みを可視化したのです。すると若い人ほど脳は出来事を細かく区切って処理しており、高齢になるほどひとつの出来事を長く区切る傾向があることがわかってきたのです。
記憶の中の時間の流れは「区切り方」に秘密があった
解析の結果、年齢が上がるにつれて、脳の活動パターンが同じまま続く時間が長くなることがわかりました。
若い人の脳は、映画の展開に合わせて活動パターンを短い間隔で切り替えており、出来事を細かく区切って処理していました。一方で高齢者の脳では、ひとつの出来事をより長くまとめて捉える傾向があったのです。
この違いは特に、映像情報を処理する視覚野と、感情や自己に関する思考を担う腹内側前頭前野(ventromedial prefrontal cortex:vmPFC)で顕著でした。
つまり、年齢を重ねると脳は時間をより大きなまとまりとして整理し、細かな変化区別せずにひとつの流れの中に統合して理解するようになるのです。
ただし、映画のストーリー上で大きな転換点が起こる場面――たとえば登場人物が危険に直面する瞬間などでは、若者も高齢者もほぼ同じタイミングで脳の活動が切り替わっていました。
つまり、細かい変化への反応は鈍くなっても、物語全体の流れを捉える力は年齢によって大きく変わらないことが示されたのです。
この結果は、脳が老化しても「全体像を理解する力」は保たれている可能性を示しています。
「時間の流れが速く感じる」感覚の正体
脳の活動が長く安定して続くということは、脳が「出来事を少ない区切りでまとめている」ということを意味します。
同じ一日を過ごしても、若い頃は脳の中で多くの“区切り”が作られています。しかし年を取るとその切り替えが減り、体験がより大きな1つまとまりとして記憶されるようになるのです。
そのため、後から振り返ると「今日はあっという間だった」と感じやすくなるようです。
研究チームはこの傾向を「時間的去分化(temporal dedifferentiation)」と表現しています。これは、加齢によって脳が時間の細かな流れを「ぼかす」ようになることを意味します。
こうした変化は、単なる衰えとは限りません。長年の経験を積んだ脳は、物事のパターンを予測したり、意味づけをすばやく行ったりできるようになります。
そのため、細部よりも全体の流れをまとめて理解する方向へと働くのです。これは脳が老化で「劣化」したというよりは、「効率化」されたと表現することができるでしょう。
この研究は、「年を取ると時間が速く感じる」という感覚を、心理的な錯覚ではなく脳の時間処理の変化として説明できる可能性を示しました。
私たちが体験する時間の長さは、脳が刻む“出来事の区切り方”によって形づくられているのです。
元論文
Temporal dedifferentiation of neural states with age during naturalistic viewinghttps://doi.org/10.1038/s42003-025-08792-4
ライター
相川 葵: 工学出身のライター。歴史やSF作品と絡めた科学の話が好き。イメージしやすい科学の解説をしていくことを目指す。
編集者
ナゾロジー 編集部