物理が予言する「この世の終わり」 真空崩壊が起きる確率は?

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起きる可能性は限りなく小さいが、万が一起きてしまったら宇宙が壊滅する──。物理学の理論から予測される最大の災害が「真空崩壊」だ。宇宙のどこかに生じた小さな泡が光速で広がり、宇宙全体を飲み込んでいく。これは一体、どういう現象なのだろうか? 

まず「真空」とは何かを説明しよう。何も存在しない空っぽの空間を想像するかもしれないが、物理学では、「場のエネルギーが最も低い状態」を意味する。場というのは、空間のいたるところにある物理的な量のことだ(ただし値がゼロのこともある)。たとえば電磁場は、空間の各点に電荷を置いたときに働く力である。

この世のものは、放っておけばエネルギーが最も低い状態に移っていく。場もエネルギーの最低状態、つまり真空に移行する。だがエネルギーが変化できる範囲はさまざまな理由で制限されており、その範囲は「ポテンシャル」で示される。

現代の物理学によると、宇宙はヒッグス場という場で満たされており、そのエネルギーは、中央が高くてその周りが低い、ワインボトルの底のような形をしたポテンシャルの中にある。

宇宙が始まったとき、ヒッグス場のエネルギーはポテンシャルの中央の山の位置にあったが、次の瞬間にその外にある谷、つまり真空に落ちた。このとき山の高さに相当する膨大なエネルギーが解放され、光と物質が宇宙を満たした。これが宇宙のビッグバンだ。

現在の宇宙のヒッグス場は、この谷底の辺りで振動している。だが量子力学によると、この真空も、実は本当の真空ではないのかもしれない。

近年、ハーバード大学のシュワルツ(Matthew D. Schwartz)らや名古屋大学の庄司裕太郎らがそれぞれ、ヒッグス粒子の最新の測定データなどにもとづいてヒッグス場のポテンシャルを計算し直した。その結果、現在の真空よりも「もっとエネルギーの低い谷」が存在する可能性があることがわかった。

現在の宇宙はポテンシャルの谷底にあるので、めったなことではここから動かない。だが量子力学の効果により、ごくわずかな確率でポテンシャルの山を通り抜け、さらに低い谷に落ちていく可能性がある。これが真空崩壊だ。

もし真空崩壊が起きると、ヒッグス場の平均的な値(真空期待値)が変化する。物質を構成するクォークや電子、弱い力を伝えるウィークボソンなど、この宇宙を構成する素粒子の質量は、真空期待値に比例している。もしもヒッグス場の真空期待値が変わったら、素粒子の質量も変わってしまう。

仮に電子が重くなると、原子の直径は今より小さくなる。ウィークボソンが重くなると、太陽のような恒星で核融合反応が起きる確率が小さくなり、恒星の燃焼は停止する。星も物質も圧潰するだろう。

さらに、現在の宇宙がいる谷と、崩壊した先の谷との落差の分だけエネルギーが解放され、光と物質と反物質が爆発的に生成されるだろう。星や生物が形をとどめることは不可能だ。真空崩壊は、人類の経験と想像をはるかに超えた出来事だ。

最新の計算結果によると、宇宙の始まりから現在にいたるまでの間に宇宙のどこかで真空崩壊が始まって、それが地球を飲み込んでいた確率は10のマイナス868乗、すなわち「1の後に0が868個続いた数」分の1だ。途方もなく小さな確率だが、ゼロではない。

真空崩壊は、物理の理論が予言する「この世の終わり」だ。急いで対策する必要はないが、物理学者たちは、万物の成り立ちと行く末を見定める重要なヒントになると考えている。

(日経サイエンス編集部 古田彩、名古屋大学 谷村省吾)

日経サイエンス2026年3月号に掲載

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