なぜアメリカでは「死刑囚の最後の食事」が公開されるのか─死刑制度を廃止した国、フランスの高級紙がその「謎」を紐解く(クーリエ・ジャポン)
一皿の食事、牧師や聖職者の立ち合い、最期の声明を述べる機会……。こうした手順で死刑執行を体系化することで、国家は死刑を「秩序があって統制された文明的なもの」と位置付けようとしている。 死刑囚への最後の食事の提供は、最小限の譲歩のようにも思える。「それは、制度が『殺す』という最も絶対的な権力を行使する瞬間に、ある種の人間性を取り戻す方法です」と説明するのは、食の歴史を専門とするオランダの研究者エリーネ・ファン・ハーヘンだ。 この儀式の根本には、古くからの文化的・宗教的背景もある。いまだに62%がキリスト教を信じる米国において、死の前夜に取る食事は、イエスが十字架にかけられる前に囲んだ最後の晩餐を思い起こさせるものだとファン・ハーヘンは指摘する。 一方、元連邦検事で熱心な死刑廃止活動家であるマーク・オスラーは、「過度に残酷な司法は、最低限の慈悲によって和らげられなければ容認されるものではありません」と語る。 つまり、最後の食事は死刑反対派にとっては死刑をいくぶん容認できるものにし、死刑支持者にとっては反対に、過剰な慈悲の表れとして映る。さらに、「最後」という言葉に注目する人もいる。彼らは、受刑者が「差し迫った死の恐怖に苛まれながら、人生最後の喜びを味わう」という考えに満足感を見出すのだとオスラーは話す。 最後の食事が記録され、メディアで報道されるという点においても米国は特異だ。米国以外で死刑制度を維持している53ヵ国のなかにも、執行前に食事が提供される国がある。だが、厳重に機密にされ、公開されることはない。 フランスでも1981年に死刑制度が廃止されるまで、執行当日の朝、食事が提供されていた。しかし、死刑囚が特定の食事を選択することもなければ、公に報じられることもない、控えめな手順の一つだった。