サラマンダーの四肢再生、「どこで何を再生するか」の鍵を解明
メキシコ原産のメキシコサラマンダーは、野生では絶滅の危機にある一方、実験室の中ではアンチエイジングや傷の治癒の秘密を少しずつ明かしつつある。(PHOTOGRAPH BY RAQUEL SAGGIN)
鋭い枝に尾を切られたとき、あるいは捕食者との戦いで腕を失ったとき、メキシコサラマンダーはじっと待つ。数週間もすれば、失った体の一部は、まるで元通りに再生される。科学者たちは長年、この魔法のような再生のしくみを探り、いつか人間にも応用できるのではないかと考えてきた。そしてこのたび、その詳しいメカニズムを詳しく解き明かした論文が、6月10日付けで学術誌「Nature Communications」に発表された。
今回の研究で、特定の酵素(人間にも同じものがある)がレチノイン酸の量を調整し、部位の再生を正確に促していることが明らかになった。さらに、四肢の大きさをコントロールする遺伝子もわかった。(参考記事:「ビタミンAとEのサプリにリスク、がんとの関連を示す研究も」)
このメカニズムにレチノイン酸が大きく関わっていることは以前から知られていた。人間の体内にも存在するビタミンAの代謝物で、スキンケアクリームにも豊富に含まれる物質だ。
「今回の論文は、この分野では長年の謎だった、四肢がどのように再生するのかを詳しく解き明かしました」と語るのは、米ボストンにあるノースイースタン大学の生物学科長で、この研究を主導したジェームズ・モナハン氏だ。
数十年にわたってメキシコサラマンダーの再生能力を研究してきた氏は最初、人間にはまず無理だろうと考えていた。だが、最新の科学によって、その可能性を信じるようになったという。(参考記事:「再生能力を持つ生物、代表5種」)
「今や、私たちは設計図を手に入れました。四肢を成長させる遺伝子も特定しています」とモナハン氏は語る。日々進化する遺伝子編集技術によって、これら遺伝子のオン・オフを切り替えられるようになるかもしれない。
「数十年後には、傷口に貼るパッチが、通常は傷跡をつくる細胞の働きを書き換え、適切な再生プログラムを起動させるようになるかもしれないと考えています」
さらなる研究は必要だが、「細胞の成長や分化を制御するしくみを理解することは、今後の治療のカギとなります」と語るのはサム・アルバービ氏だ。氏は米ワシントン大学でやけどの治療にあたる外科医で、今回の研究には関与していない。現在の傷の治療法は「医学のなかで、残念すぎる状況です」と断じる。
米マサチューセッツ州ボストンのノースイースタン大学では、両生類メキシコサラマンダーが四肢を再生する仕組みを研究している。そこから得られた生物学的知見を活用し、人間の医療に応用できる新たな治療法の開発が期待されている。(Photograph By Alyssa Stone/Northeastern University)
脚は脚に、指は指になるように
メキシコサラマンダーはウーパールーパー、アホロートルとも呼ばれ、淡いピンク色の体にあどけない顔をした両生類だ。頭には、トロール人形の髪のようなエラが生えている。
アステカの火の神ショロトル(Xolotl)にちなんで名付けられ、かつてはメキシコにたくさん生息していた。ぬいぐるみやビデオゲームのキャラクターとして人気を集める一方で、野生では絶滅の危機に瀕している。(参考記事:「絶滅危惧のサラマンダーを救えるか、メキシコ文化を象徴する生物」、「【動画】ウーパールーパーが絶滅の危機」)
飼育下で繁殖させたメキシコサラマンダーは、10年以上生きることもあり、成長しても変わらない見た目と体の若さと、臓器と四肢を再生できる能力によって、世界中の研究室で人気者となっている。(参考記事:「「老化」が4歳で停止、メキシコサラマンダーで驚きの発見」)
メキシコサラマンダーは失った脚全体でも、あるいはつま先の指1本だけでも再生できる。傷口に集まる細胞の塊「芽体(がたい)」が何を再生すべきかを正確に知る仕組みは謎だったが、今回の研究論文はその答えの一端を示した。
「ケガをしたあと、適切な遺伝子にアクセスできることによって腕の再生が可能になる、という証拠が示されています。つまり、これらの遺伝子は、もともと腕を作ったプログラムを再起動できるのです」と、モナハン氏は説明する。そのひとつが腕や脚を作りはじめ、続けて長い骨を作るSHOX遺伝子(成長遺伝子)だ。
ギャラリー:メキシコサラマンダーの四肢再生、長年の謎を解明 写真5点(写真クリックでギャラリーページへ)
4歳で老化が止まるという驚異的な能力を持つメキシコサラマンダー。そのメカニズムを人間の医療に応用する方法を探ろうと、研究が進められている。(PHOTOGRAPH BY ALYSSA STONE/NORTHEASTERN UNIVERSITY)