40年ぶりの新薬開発で結核撲滅へ挑む--大塚製薬×GHIT Fundが描くグローバルヘルスの未来とは
年間1,080万人が発病し、125万人が命を落とす結核。日本では身近に感じにくいこの感染症に対し、大塚製薬は2014年、約40年ぶりとなる新薬「デラマニド」を開発し、今なおその研究を続けている。研究をリードしてきた同社執行役員の川﨑昌則と、グローバルヘルス技術振興基金(GHIT Fund)CEOの國井修が、この困難な創薬への挑戦とパートナーシップの力について語り合った。日本企業の技術力と国際連携が生み出すイノベーションが、世界の健康課題解決の鍵となるのか——。
極めて困難な創薬への挑戦
國井 修(以下、國井):結核は、日本にいると身近に感じにくい感染症です。でも、世界では年間1,080万人が発病し125万人が亡くなっており(註1)、エイズ、マラリアと並ぶ三大感染症のひとつなんです。
川﨑さんは、抗結核薬の開発に長く携わり、大塚製薬さんが2014年に約40年ぶりに開発した新薬「デラマニド」にも尽力しています。世界中でどれだけ多くの患者さんが待望していたか。結核撲滅という難題に対して、本当に多大な貢献をしていらっしゃいます。註1: 世界保健機関(WHO)「Global Tuberculosis Report 2024」
川﨑昌則(以下、川﨑):恐縮です。私はもともと大学でウイルスを題材に分子生物学の研究をし、1998年に大塚製薬に入社しました。微生物研究所の抗菌剤の研究グループに配属され、99年から抗結核薬の担当になりました。
正直なところ、配属当時は、結核と言われてもピンと来なかったんです。「なぜ結核が蔓延しているわけでもない日本で、結核研究なんだろう」と。でもその後、数年かけて抗結核薬「デラマニド」につながる化合物の発見に関わり、アメリカでの臨床開発チームと連携する中で、結核の治療の難しさとともに新薬開発の重要性を痛感するようになりました。
國井:結核が難しいのは、標準療法でも4種類の薬を使って半年以上 治療を続けなければ完治しない慢性疾患であるという点にあります。長期にわたるので薬を飲み忘れたりすることで、薬への耐性ができて効かなくなる「薬剤耐性結核」、さらに「多剤耐性結核」が生まれ、それが蔓延する国も増えてきました。従来の治療薬には副作用が強いものもあり、日常生活がままならなくなるケースや、病気やその治療のために職を失い、医療費の負担も重なって経済的に困窮してしまうケースも見られます。こうした負のサイクルが、もともと経済的弱者の多い結核患者を、さらなる貧困へと追いやってしまうのです。
このような現状を克服するために、「より副作用が少なく効果的な新薬を開発してほしい」と私だけでなく世界が長らく切望していました。多剤耐性結核のための新薬開発の成功は、日本初の快挙です。WHOの必須医薬品モデルリストにも加わり(註2)、この薬を必要とする世界中の患者さんへ届けるための道が、大きく開かれました。註2: 世界保健機関(WHO)が公衆衛生上重要な医薬品を定めた「必須医薬品モデルリスト」に2015年に追加された。
川﨑:ありがとうございます。薬事承認までの道筋は、本当に手探りでした。そもそも抗結核薬の開発が長らく行われていなかったことで、薬の評価をどうすればいいのかも分からず、グループメンバーみんなで集まり、文献を読み漁っては、共通して登場する専門家の名前をリストアップしてアプローチしていく。そのような繰り返しの末、南アフリカの大学にたどり着いたことで、ようやく治験を進めることができました。
忘れられないのは、その中で出会った南アフリカの医療従事者の方から、「本当に素晴らしい研究をしてくれた」と言われたことです。日本人がなぜ抗結核薬の研究をしているのか、と聞かれることも多い中、「やってきたことは間違っていなかった」と実感できた瞬間でした。
薬が上市されて使われるようになると、患者さんやそのご家族から感謝の声をいただくこともあり、そうした一つひとつの小さな声が、研究に向かう原動力になっていきました。
國井:この困難な創薬を「やり切る」と決めた大塚製薬さんの、企業としての覚悟も相当なものですね。
川﨑:そうですね。大塚製薬で創薬研究が始まったのは1971年ですが、当時から、結核という世界の課題に取り組むべきだ、と揺るがない方針がありました。「世界の人々の健康に貢献する革新的な製品を創造する」という企業理念は、確実に新薬を生み出した一因になっています。
パートナーシップで挑む結核撲滅とグローバルヘルス
國井:アフリカ全体の新型コロナによる累計死亡者数は約25万人(2022年11月時点、註3)ですから、結核は1年間でその5倍も多い年間死者数をもたらすにもかかわらず、結核研究はなかなか注目されないですよね。結核は先進国に少なく、貧困層が多く罹患するため、その重要性を指摘する声が小さく、少ないことも影響しているのだろうな、と。註3:アフリカ疾病予防管理センター(Africa CDC)Weekly Brief より
そんな中で、結核対策における日本の国際貢献は、実は世界でもトップレベルと言えます。日本政府は2000年のG8沖縄サミットで、世界に先駆けて「感染症対策」を主要議題として取り上げ、グローバルヘルスへのゆるぎない協力を続けています。JICAなどを通じてアジア、アフリカでの人材育成にも力を入れていて、地味で目立たないのですが貢献度は非常に高いといえます。
川﨑:そうなんです。アジアの結核対策センターなど各施設を訪問すると、所長や幹部クラスの方がみんな口をそろえて「清瀬市にある結核研究所(公益財団法人結核予防会結核研究所)で勉強しました」とおっしゃいます。日本語を話す先生もいらっしゃって、「日本の皆さんと一緒に頑張っていきたい」とシンパシーを感じてくださっている。これは日本のレガシーだなと感じます。
國井:それをどう生かしていくか、がこれからの課題ですよね。GHITは、大塚製薬さんを含めた約15の企業から資金援助をいただいているほか、研究開発領域において世界的に影響力の大きなゲイツ財団、ウェルカム財団からも資金拠出パートナーシップとして支援をいただいています。パートナーを組むことで、GHITに何ができるのか——私は“触媒作用”を生み出すことだと考えています。結核のような顧みられない感染症の研究開発費を単に助成するだけでなく、私たちが世界中で築いてきたネットワークを生かし、パートナー同士をつないでシナジーを生んだり、加速化することもできますし、日本が支援してきた結核対策の研究開発から新薬のアクセス、実際の対策までのエコシステム強化にも、一役買うことができます。
川﨑:まさに、私たちは「この薬を広く世の中に届けるために、どことパートナーシップを組めばいいのか」が分からず非常に苦労しました。大塚製薬としても、GHITさんのような民間企業のガイド役がいてくれることの価値に強く共鳴して、2016年から資金拠出を続けている経緯があります。GHITさんが持つ世界の研究者ネットワークや、あらゆる機関へのアクセスを支援してくださるという点に、お金には代えられない価値があると考えます。
國井:「結核撲滅」に向けては、今後も短期・中期・長期で取り組むべき課題が山積しています。短期的には、感染者を早期に発見するための検査キットの開発や迅速診断の確立がありますし、中期的には大塚製薬さんがまさに進めていらっしゃる、多剤耐性結核に向けた創薬のさらなる研究が不可欠です。さらに長期的かつ根本的な課題として、貧困層の栄養状態や居住環境の改善があります。
人類が抱える難題ではありますが、日本には、かつて国民病と呼ばれたほどの結核を抑え込むことができた歴史がある。日本企業の技術が組み合わさることでイノベーションが生まれると期待しています。
川﨑:身が引き締まる思いです。世界的に、自分たちの周辺課題への関心が高まる傾向がみられますが、今こそ、より広い視野を持ち、社会全体への貢献を志向する発想と連携が求められると思います。GHITさんが同じ課題意識を持つ世界の人脈をつなげていくことで、日本全体の研究開発への風向きも変えていけるのではないかと期待しているところです。引き続き、パートナーとして刺激を与えあっていきたいですね。
GHIT Fundhttps://www.ghitfund.org/jp
かわさき・まさのり◎大塚製薬 医薬品事業部 執行役員 医薬研究統括補佐。1998年に入社、微生物研究所に配属される。2009年からアメリカの研究所に所属。2011年にアメリカの臨床開発組織で抗結核プロジェクトに携わり、2014年に帰国。2020年より同プロジェクトのグローバルプロジェクトリーダーを務め、2025年3月より現職。
くにい・おさむ◎公益社団法人グローバルヘルス技術振興基金(GHIT Fund)CEO。自治医科大学を卒業後、ハーバード公衆衛生大学院で修士取得。国立国際医療研究センター、東京大学大学院国際地域保健学専任講師、外務省経済協力局課長補佐、長崎大学熱帯医学研究所教授、国連児童基金(UNICEF)ニューヨーク本部上級アドバイザー、ミャンマー・ソマリアの保健栄養事業部長、グローバルファンド(世界エイズ・結核・マラリア対策基金)戦略・投資・効果局長などを経て2022年から現職。