脂質カプセルを使わない「mRNAワクチン」とは(石田雅彦)
mRNAワクチンと聞くと接種後の発熱やだるさを思い出す人もいるだろう。依然としてワクチンに不信感を抱く人も多い。こうした課題と抵抗感の払拭い対し、技術の改良によって応えようとする研究が進んでいる。
脂質カプセルを使わないmRNAワクチン
mRNAワクチン接種後の症状の多くは、数日で治まる。一方、まれだが強いアレルギー反応であるアナフィラキシーや心筋炎なども知られている。
心筋炎は、特に若い男性のmRNAワクチン2回目接種後で、他の年齢層や女性より発生頻度が高いとされる。一時的な症状と重い健康被害は分けて考える必要があり、後者の頻度が低いことと被害を受けた人への支援が必要なことは両立する。
こうした副反応には様々な原因があるが、mRNAを細胞へ届ける脂質カプセルによる免疫への刺激も関わると考えられている。そこで、脂質カプセルを使わず、十分な免疫を引き出しながら身体への負担を抑える技術の開発が進められている。
2026年10月21日、ナノ医療イノベーションセンターと東京科学大学、米国のラトガースがん研究所などが脂質のカプセルを使わないmRNAワクチンの効果を高める方法(マウスによる実験結果)を発表した。これは、針を使わず皮膚へmRNAを送り込む装置、そして免疫の働きを助ける成分を組み合わせた研究で、論文は米国臨床研究学会の医学誌『Journal of Clinical Investigation』にオンライン掲載された。
mRNAは、細胞にタンパク質を作らせるための「設計図」にたとえられる。mRNAを使ったワクチンは、ウイルスの一部に相当するタンパク質を体内で作らせ、それを目印として免疫に備えさせる。
しかし、mRNAは分解されやすく、そのままでは細胞内へ届きにくい。現在の代表的なmRNAワクチンでは、脂質ナノ粒子(LNP)という微小なカプセルに包んで届けている。
この脂質カプセルはmRNAを運ぶだけでなく免疫を刺激する役割も担うが、その刺激が炎症反応にも関わるため、より適切に制御することが研究課題になっている。ただし、重い副反応の原因が全て脂質カプセルで説明できるわけではなく、副反応の原因には未解明の部分も残る。
「裸のmRNA」とは
同研究グループが取り組んだのは、脂質カプセルで包まない「裸のmRNA」を使う方法だ。送り届ける先は免疫反応の出発点となる細胞が豊富な皮膚で、専用のジェットインジェクターによって液体を勢いよく噴射し、針を使わずにmRNAを皮膚の組織へ送り込む。
この方法自体は、先行研究でも検討されてきたが、同研究グループが工夫したのは、裸のmRNAだけでは不足しがちな免疫反応を2種類の「アジュバント(ワクチンの効果を高める免疫補助剤)」で補ったことだ。同研究グループは、アジュバントとして複数の候補を調べ、リン酸アルミニウムとCpGと呼ばれる特定の配列を持つ短いDNAの組み合わせを見いだした。
従来のワクチンで役立つことがわかっている補助剤も、今回の方法では効果が乏しかったり、逆に免疫反応を弱めたりするものがあったという。単に免疫を強く刺激すればよいわけではなく、mRNAの働きと両立する組み合わせが必要だったのだ。
マウスで調べると、この組み合わせによって抗体の産生が増え、感染した細胞を排除する細胞性免疫も強まった。抗体全体の量は脂質カプセルを使う方法に及ばなかったものの、一部の抗体や細胞性免疫は同程度で、調べた局所や全身の炎症反応は小さかった。実際に新型コロナウイルスとインフルエンザウイルスを用いた感染実験を行ったところ、肺などのウイルス量を大きく減らす効果が示されたという。
今回の研究の図解。ナノ医療イノベーションセンターのプレスリリース(2026年10月21日)より。今後の課題と期待
期待できるのは、ウイルス感染に対抗する免疫を引き出しつつ、接種後の身体の負担を抑えるという方向性だ。
ただし「裸のmRNA」という言葉は、添加成分が何もないことを意味しない。今回は免疫補助剤を加えており、その組み合わせも含めて人での有効性と安全性を確かめる必要がある。比較対象の脂質カプセルも、実際に使われているワクチンとは異なる研究用の製剤だった。
また、CpGというDNA配列が働きかける受容体は、マウスとヒトとで存在する細胞が異なるため、ヒトで同じ効果が得られるとは限らない。マウスで炎症反応が小さかったからといって、ヒトで心筋炎やアナフィラキシーを防げると結論づけることはできない。
利便性にも可能性がある。無針でも無痛とは限らないが、針を使わない接種法は注射針への恐怖が強い人にとって選択肢になるだろう。
もちろん、専用装置の費用、大人数への接種に対応できるかどうかなども、実用化に向けた検討事項だ。一方、保存や輸送のしやすさは今回の研究の検証対象ではなく今後の課題として残る。同研究グループは、臨床応用に向けた次の段階へ進んでいるとしている。
依然として根強いmRNAワクチンへの不信感を払拭するためには、効果とリスクを具体的に示し、疑問に答え続けることが欠かせない。今回の研究は材料と投与方法の両方から課題を改善しようとする一歩であり、これからヒトでの検証を重ねて安全性と利便性が高まればmRNAワクチンへの不安と抵抗を和らげることにつながるはずだ。
引用参考文献
・Shella R. Weiss, "Myocarditis Cases After mRNA-Based COVID-19 Vaccination in the US" JAMA, Vol.327, Issue 20, 24/31, May, 2022
・Norbert Pardi, et al., "Expression kinetics of nucleoside-modified mRNA delivered in lipid nanoparticles to mice by various routes" Journal of Controlled Release, Vol.217, 345-351, 10, November, 2015
・Saed Abbasi, et al., “Carrier-free mRNA vaccine induces robust immunity against SARS-CoV-2 in mice and non-human primates without systemic reactogenicity” Molecular Therapy, Vol.32(5), 1266-1283, 2024
・Nan Qiao, et al., "Jet-injected combinational adjuvants potentiate naked mRNA vaccines for protection against respiratory viral infections in mice" The Journal of Clinical Investigation, doi. 10.1172/JCI204021, 20, October, 2026