「成長し続けたい」と転職や起業に走る40代50代は危うい…臨床心理士が説く"中年危機"を生き延びるための戦略(プレジデントオンライン)
仕事の視野を広げるには読書が一番だ。書籍のハイライトを3000字で紹介するサービス「SERENDIP」から、プレジデントオンライン向けの特選記事を紹介しよう。今回取り上げるのは東畑開人著『ミドル・エイジ・ビギンズ』(KADOKAWA)――。
■イントロダクション 人生の中盤を迎えた40〜50代の人たちが、将来の不安や焦燥感、心の不調に苛まれる状態は「中年危機」と呼ばれ、その仕組みや対処法が広く知られている。 ただ、「中年期をどう生きるか」は誰もが直面する問いでありながら、これまで個人的問題とされ、時代や社会との交点上で考えることは少なかったのではないか。 本書では、自身も40代になった臨床心理士が、現代の中年期(ミドル・エイジ)の生き方について、これまでの心理学の研究を整理しながら考察している。 その上で、既存の「ミドル・エイジの物語」が安定した社会を前提としていること、不安定な社会を生きる現代のミドル・エイジには、もう一つの新しい物語が必要であることを、各界の4人へのインタビューを通じて論じている。 著者は臨床心理士・公認心理師。専門は、臨床心理学・精神分析・医療人類学。2026年『カウンセリングとは何か 変化するということ』で新書大賞2026受賞。なお、インタビューゲストの尾崎世界観氏はミュージシャン・作家、角田光代氏は小説家、鷲田清一氏は哲学者、千正康裕氏は元厚生労働省の官僚。----------まえがき――ミドル・エイジ・ビギンズ総論 ミドル・エイジの心理学――四つの物語インタビュー 第一回 尾崎世界観「閉店セールは続く」インタビュー 第二回 角田光代「竜宮城の働き方改革」インタビュー 第三回 鷲田清一「ボールを預かり、走り抜ける」インタビュー 第四回 千正康裕「組織が変わってしまった」考察 魂の浅瀬あとがき――ミドル・エイジは「ふふふ」と笑う----------■ミドル・エイジは深い森のようなもの ミドル・エイジとは深い森のようなものです。中年とは、ひどく見通しが悪くて、一度彷徨いこむと自分がどこにいて、どこに向かっているのかわからなくなる時期だということです。中年期の心理学の代表的研究者であるダニエル・レビンソンは、その理由を次のように書いています。「成人の人生の具体的な性格は、今日の社会で、そして恐らく人間の歴史全体にわたって、もっともよく守られている秘密のひとつである。一般に中年の人は中年の生活の経過や意味を同輩の者、自分より若い同僚、若い後継者たちと語り合うのはむりだと知る。中年というのは触れてはならない話題のひとつとされてきた(『ライフサイクルの心理学(上)』講談社学術文庫)」
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■「地図」を準備できるのではないか 中年の人生がそれだけ個人的なものになっている。ここには二つの含みがあります。 (1)ミドル・エイジ・クライシスは個人的な危機であるがゆえに、その入り口も出口も歩き方も一律なものではなく、それぞれの答えに辿り着くためにグネグネと森の中を彷徨わざるを得なくなる。(2)ミドル・エイジ・クライシスは個人的な危機であるがゆえに、周囲のミドル・エイジたちとその経験や知恵を共有することができず、誰もが未知の森で迷子にならざるを得ない。 このとき、(1)については避けようのない中年期の本質であるので、受け入れないとしょうがないにしても、(2)については改善の余地があります。ミドル・エイジ・クライシスの経験談を聞いて回ることができたなら、おおよその地図を事前に準備できるのではないか。 実際、そのような問題意識を抱いた心理学者たちが1970年代のアメリカに出てきました。彼らはミドル・エイジの研究を始め、多くの中年たちの調査を行い、聴取した物語を解析し、その構造を明らかにしようとしたのです。■ミドル・エイジをめぐる三つの物語 私の見る限り、(*心理学者たちがこれまでに見いだした)ミドル・エイジの物語は大まかに言って三種類あります。ひとつは現代の自己啓発本やビジネス本でも語られているような「青年に戻る物語」で、二つ目は「親になる物語」。そして、最後に「影を生きる物語」です。 一つ目の「青年に戻る物語」は現代では一番説得力のあるものかもしれません。曇り空が続く中で、「これではいけない!」と思う出来事があり、「もう一度新しいことをしよう」と決意する。副業をはじめるかもしれないし、転職するかもしれない。起業することだってあるでしょう。彼らは青年に戻ろうとしています。無限に挑戦し、成長する若者であり続ける。 二つ目の物語は、中年心理学の王道中の王道であるE・H・エリクソンの「親になる物語」です。エリクソン説では、ミドル・エイジの課題は「生殖性 対 停滞」です。 生殖性とは「子孫を生み出すこと(procreativity)、生産性(productivity)、創造性(creativity)を包含する」とされていて、決して生物学的に子供を持つことだけに限定されていません。「新しい存在や新しい製作物や新しい観念を生み出すこと」がなされ、それらを育てていくのが中年期の課題だとされているわけです。
面白いのは、これに失敗したときに、「停滞」や「自己耽溺」が現れるとエリクソンが指摘していることです。それはつまり、古い自分のままに止まり、その自分にしがみつくようになるということです。エリクソンは人間の心の発達を死ぬまで続くものとして見ました。であるから、ミドル・エイジになるならば、以前とは違う形へと変容せねばならない。つまりは「成熟」すべきである。エリクソンはそう言っています。
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■ユング由来の「影を生きる物語」 三つ目の「影を生きる物語」は、ユング由来のものです。ユングは中年期というものを人生の正午に訪れる危機だと考えていました。それは太陽の上昇局面から降下局面への移行であり、人生の前半戦から後半戦への過渡期でした。 このとき重要なのは、ユングが人生の前半戦を、現実社会の中で通用する自分を作るべく格闘する時期だとしていることです。若者は自分なりの強みを見つけ、その強みを育て、社会と渡り合える自分を作り上げないといけません。「何者かになる」のが人生前半の課題になります。 面白いのは、「何者かになる」ことが、同時に「ならなかった自分」を生み出すことです。私自身のことを例にするならば、開業心理士として生きることを選んだことで、大学教員として生きる人生を捨てることになりました。この失われた自分のかけらたちが結晶化することで、心の中に生じるのが「影(「シャドウ」と言ったりもする)」です。 人生の前半は(*社会向けの)仮面を作って、影を見ないようにする。しかし、正午になるとこれが逆流し始めます。影が人生の表舞台に乗り込んできて、今まで生きてこなかった自分をちゃんと生きるべきだと主張し始めます。これがミドル・エイジ・クライシスの正体だとユングは考えます。■人生前半で「安定」を手に入れられた時代 三つの物語はいずれも一定の説得力があると思いますし、読者自身や周囲のミドル・エイジたちにあてはまるところがあったのではないかと思います。しかし、それと同時に、読者はモヤモヤしてきたのではないでしょうか? エリクソンにも、ユングにも、そして「青年に戻ろう」と呼びかける人たちにも、人生の前半で安定を手に入れることがさも当然のことかのような感覚がにじんでいます。「ひとまず安定した。では、これからどうしたらいいのか?」――これこそがミドル・エイジの物語に共通して響いている感覚です。 実際、アメリカで中年の心理学の研究が盛んになったのは1970年代で、日本で河合隼雄によって『中年クライシス』が書かれ、中年心理学研究が盛り上がったのは1990年代です。社会が豊かで安定していた時期でした。「ひとまず安定した。では、これからどうしたらいいのか?」という問いは、この「社会は豊かになり、安定した」という世の中の感覚に根差したものだったと言えます。
そのとき問われるのは「いかに生きるか」という実存の問題です。このとき、「親になる物語」や「影を生きる物語」という経済的な豊かさとは異なる人生の豊かさを求める物語に素朴なリアリティが出てくるわけです。ものが豊かな時代だったからこそ、心の豊かさが求められたということです。
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■損なわれた「安定」と「豊かさ」 しかし、この30年で「安定」と「豊かさ」は大きく損なわれました。私たちは人生前半を生きるのが容易だとはとても思えません。社会は安全なものではなく、危険なもので、それと渡り合える自分を作ることは難事業です。「ひとまず安定した。では、これからどうしたらいいのか?」。その安定を自明なものには感じられないはずです。 危険な社会での小さな安定なのですから、個人は努力したかもしれないけど、運が良かったという側面はぬぐい切れず、人生後半もその安定が続く保証はどこにもない。そのとき、「いかに生きるか」と実存を問う以上に、「いかに生き延びるか」という生存の問いが切実なものになります。 すると、「青年に戻る物語」にはリアリティが出てきます。安定することを許さない資本主義システムの中で生き延びるためには、青年であり続けるほうが生存戦略として合理性があるように思えるからです。■求められているのは「ソフトランディング」 ここに現代のミドル・エイジたちの戸惑いがあります。社会自体が上昇ではなく、降下のムードの中にあり、前の時代のミドル・エイジの物語が前提としていた「安定」が環境的に失われている。そういう不安定で、危険な社会で、ミドル・エイジ・クライシスを迎える。そのとき、私たちは実存と生存両方の問いに同時に取り組まねばならなくなります。 要請されているのは不安定な社会を生きのびるための「生存の物語」であり、かつ「降下する物語」、つまりソフトランディングです。できれば現状維持、それが難しいならゆっくりと、少しずつ降下していく。今あるものでどうにかこうにかやりくりすることで、不安定な資本主義社会を生き延びていく物語です。人生のソフトランディングのための格闘こそが、ミドル・エイジの四つ目の物語となります。 ※「*」がついた注および補足はダイジェスト作成者によるもの■コメントby SERENDIP 四つ目の物語を著者は「停滞する物語」と名づけ、対談相手の一人・尾崎世界観氏の言葉を紹介している。それは中年に差し掛かった、アーティストとしての実感を「カードは出揃っている。そのカードで続けていく」という風に表現したものだ(この言葉が本書の発端になっている)。 そして、「停滞する物語」を聞こうと始まったインタビューが、各人の「青年に戻る物語」をも引き出したと、著者が巻末で述懐している点は興味深い。挑戦し成長をめざすという青年性は、不安定さゆえに必要に迫られるという社会的な側面と、その人の生きるスタイルにつながっているという個人的側面の両面があることを心に留めたい。----------書籍ダイジェストサービス「SERENDIP」ビジネスから教養まで、厳選した書籍のハイライトを10分程度で読めるダイジェストにして配信する書籍ダイジェストサービス「SERENDIP」。国内の書籍だけではなく、まだ日本で翻訳出版されていない、海外で話題の書籍も毎週日本語のダイジェストにして配信。(毎週、国内書籍3本、海外書籍1本)上場企業のエグゼクティブなどビジネスリーダーが視野を広げるツールとして利用しています。
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