パナソニック、「家電からサービス転換」の挫折 リセットされたAI戦略の先にあるもの

Home Xのサービス終了の告知

パナソニックグループは、くらしの統合プラットフォームと位置づけていた「Home X」を、2025年12月31日に終了。ファミリーコンシェルジュサービス「Yohanaメンバーシップ」も、2026年1月30日に終了した。

いずれもパナソニックグループが、新事業創出に向けて、シリコンバレー発の戦略的ビジネスとして鳴り物入りで取り組んできたものだが、結果は「2連敗」となった。

パナソニックグループでは、2035年度までに、AIを活用したハードウェアやソフトウェア、ソリューションを、グループ売上高全体の約30%にまで拡大することを目標に掲げている。長期的な目標だけに、現時点での「2連敗」が与える影響は軽微といえるが、到達に向けた道筋は、再検討する余地がありそうだ。

パナソニックグループは、シリコンバレー型のサービスビジネスを創出し、成功に結びつけることができない企業なのか。そして、今後のAI戦略はどうなるのか――。

パナソニックグループの動きをウオッチしている読者ならば、「Home X」という名称を聞いて、ちょっと懐かしく思ったかもしれない。

Home Xは、ホームエクスペリエンスを語源としており、パナソニックが持つ白物家電、AV、住設、住宅を組み合わせて、未来の住空間環境の実現に向けたサービスを提供することを目指してきた。

パナソニックは、2018年に創業100周年を迎えた際、当時の津賀一宏社長が、「くらしアップデート」を、パナソニックが目指す姿に設定。それを象徴するサービスのひとつにHome Xを位置づけていた。

CES2018のパナソニックブースで紹介されたHome X

2017年から具体的なプロジェクトを開始。パナソニックで、ビジネスイノベーション本部長などを務めた独SAP出身の馬場渉氏がリード役となり、シリコンバレーに拠点を置きながら、開発を進め、一部サービスを開始していた。

Home Xはシリコンバレー発の新規ビジネスとして注目された
Home Xは未来の住空間の実現を目指したサービスだった

Home Xで目指していたのは、単なる機器連動ではない。

洗濯の際には、家族の会話から泥汚れの子供が帰ってきたことをHome Xが知り、最適な洗濯方法や洗剤を提案したり、リビングでは家族の会話から、好きなタレントなどが登場するテレビ番組が放映されることを告知し、放映時には、番組に最適な照明や音響などに制御したりする。さらに、気象情報などと連動し、台風の接近時には自動でシャッターを閉め、非常時を想定し、蓄電池に充電を開始する。

いわば、Home Xが、もう一人の家族になり、生活をサポートすることを目指していたのだ。

パナソニックでは、こうした実験を行なうために、シリコンバレーに一軒家を購入。建物価格が高い地域にも関わらず、賃貸ではなく、購入したのは、Home Xの実証のために、家屋の改造が自由にできるようにするためだった。

だが、テクノロジーの開発は進んでも、これを実装するためのハードルが高かった。家まるごとの改造が必要であったり、パナソニックの家電製品などを前提した連携が前面に出ていたりしたことが、実装には足かせとなった。

シリコンバレーのオフィスで社員と対話する馬場渉氏(2019年1月)

そして、パナソニックグループが持つ大きな壁を破り切れなかったことも、Home Xの推進を妨げたといえる。

Home Xは、住設や住宅、建材、家電など、10を超える事業部が連携することで実現するサービスであった。異なる操作系統の統合など、かなり踏み込んだ連携が求められていた。

そうしたなかで、2021年に社長兼グループCEOに就任した楠見雄規氏は、パナソニックグループを事業会社制に再編することを決定。縦割りの組織構造は、Home Xの事業を推進しにくい環境を生むことにもつながった。

Home Xは、縦割り体質だった「タテパナ」を、事業部を横につないだ「ヨコパナ」の実現につなげる施策のひとつともいえたが、これが遅々として進まなかったともいえる。

パナソニックグループでは、同社サイトにおいて、2025年12月31日付で、Home Xを終了することを正式に発表。シリコンバレー発のひとつめの挑戦は終息することになった。推進役だった馬場氏も、2022年にパナソニックを去っている。

とはいえ、Home Xの確立とともに注力してきた「Panasonic Digital Platform」の構築では、成果をあげている。もともとは2014年からスタートしていた取り組みで、パナソニックの製品から収集される暮らしに関するデータを統合できる基盤だ。様々な商品での活用や、横断的な価値創出に向けた取り組みや、今後のソリューション事業拡大に向けた基盤となる。さらに、Home Xの経験は、パナソニック ホームズにおける新たな住宅機能の提案のなかにも継承されている。

パナホーム(現パナソニックホームズ)との連携も進めた

同じくシリコンバレー発の取り組みとして、すでにサービスを開始していたファミリーコンシェルジュサービス「Yohanaメンバーシップ」も、2026年1月30日付で、サービスを終了したことを発表した。米国では、2025年9月30日に、ひと足先にサービスを終了している。

Yohanaメンバーシップは、「パーソナライズされたサポートを提供する会員制サービス」と位置づけ、共働き世帯や子育て世代などの忙しい家族が、日々こなさなくてはならないことや、やりたいことを整理でき、専門チームが作業を助け、課題を解決することができるというものだ。

Yohanaメンバーシップの概要

具体的には、Yohanaアプリのチャット機能を利用して、Yoアシスタントと呼ばれる問題解決のプロフェッショナルに連絡を取り、やりたいことや、やらなくてはならないことを相談。Yoアシスタントは、社内外の様々な分野別エキスパートや専任リサーチャー、地域ネットワークを駆使して、タスクを実行するための手配を行ない、家庭内の困りごとや家族のケア、家事、買い物などをサポートする。夕飯の献立の相談といったものから、誕生会の企画、子供の習い事の相談、歯医者や美容室の予約など、様々な用途に対応してくれる。

Yohanaメンバーシップのアプリ画面の様子

2021年9月から、米シアトルでサービスを開始。1,000世帯以上の家族が利用し、2万件以上のタスクを処理。さらに、2022年6月からはロサンゼルスでサービスを開始し、同年10月には全米に展開。日本では、2022年4月からフィールドトライアルを実施し、その成果をもとに、2022年9月から神奈川県でサービスを開始した。2023年2月からは東京都にもサービスエリアを拡大して、2024年6月からは、47都道府県でサービスを開始していた。順調にサービスエリアを拡大してきたといえる。

この事業の推進役となったのは、松岡陽子(ヨーキー松岡)氏である。

2009年末に共同創業者としてGoogle Xを設立。ガレージベンチャーだったNestの設立にも参画し、2014年に同社をGoogleに売却。QuanttusのCEO、Appleの副社長、Google NestのCTO、Googleヘルスケア部門の副社長、米ヒューレット・パッカードの社外取締役など、シリコンバレーで要職を歴任してきた。

Yohanaメンバーシップを発表する松岡陽子氏

2019年10月にパナソニック入りし、常務執行役員 くらし事業戦略本部長に就いたほか、パナソニック ホールディングスの100%子会社であるYohana. LLCの創業者兼CEOにも就任。直近の役職は、執行役員 Panasonic Well本部長となっている。

松岡氏は、パナソニックグループ入りして以来、新たなB2Cサービスの創出とともに、同社のコア事業におけるAIシフトを戦略的に推進する役割を担い、パナソニックを、ハードウェア事業の会社から、AIソリューション企業へと進化させる旗振り役を担っていた。

そして、Yohanaメンバーシップは、Umiとしてさらに進化を遂げるはずだった。

Umiは、2025年1月に、米ラスベガスで開催されたCES 2025において、パナソニックとしては12年ぶりとなる基調講演に登壇したパナソニックホールディングスの楠見雄規グループCEOが、目玉のひとつとして大々的に発表した新サービスだった。

CES 2025の基調講演で大々的に発表されたUmi

2025年中に、米国市場においてサービスを開始する計画を打ち出したUmiは、AIや先進技術を活用し、アプリを通して、家族をサポートする包括的なサービスであり、松岡氏率いるPanasonic Well本部が提供するデジタルファミリーウェルネスサービスとして注目を集めた。ウェルネスデータをそれぞれの家族に合わせた具体的な行動計画に落とし込み、健康的な習慣を築き、家族全員が同じ目標に向かって取り組むことができる、というのが売り文句だった。

また、CES 2025で提携を発表したAnthropicのAIアシスタント「Claude」を活用。優れた推論能力や、複雑なトピックに対する深い理解、自然な会話における高い能力を生かし、離れた場所に住む家族の様子を聞いたり、家族とのスケジュールを調整したり、食事のデリバリーを頼んだりといった作業を、Umiに任せることも目指した。

CES 2025のパナソニックブースで展示されたUmi

だが、先行したYohanaメンバーシップが、成果に結びつくまでに時間がかかりすぎた。

パナソニックホールディングスの和仁古 明グループCFOは、「YohanaとUmiは、一旦、立ち止まって、白紙に戻しながら考えることにした」と説明。「毎年、それなりにしっかりとしたバジェット(予算)をつけながら、仮説検証をしてきた。だが、スケーリングとマネタイズが見えるところまでの検証には至らなかった。どこかで一定の歯止めをかけなくてはならない。2025年度は構造改革の年でもあり、踏み込んで決断をした」と語る。

これに伴い、Panasonic Well本部を2026年3月31日付で発展的に解消。松岡氏も退任することになった。また、複数の地域や組織に分散していたAI戦略の開発機能を最適化するために、AIデータプラットフォームの開発リソースを集約することも発表した。

和仁古グループCFOは、「これはB2C領域でのAIによる挑戦を止めるということではない。今後も、AIをイニシアティブの中核に置くという考えに変化はない。これまでの取り組みを通じて、AIをベースにしたビジネスに向けたプラットフォームづくりや、それに伴う人材確保ができた。これらの学びは、スマートライフ領域に引き継ぎながら、再度の仮説と挑戦を継続していく」と語った。

パナソニックホールディングスの和仁古 明グループCFO

だが、パナソニックグループにおけるAIを活用した新たなB2Cサービスの模索は、これまでの延長線上で捉えることは難しそうだ。むしろ、方向転換を余儀なくされるといっていいだろう。

Umiの発表とともに、発表されたAnthropicとの提携についても、「少しトーンを下げることになる」(和仁古グループCFO)とする。

一方、パナソニックグループのAIに取り組む新体制として注目されるのは、パナソニックコネクトの榊原彰シニア・ヴァイス・プレジデント CTOが、パナソニックホールディングスに新設した「グループCAIO(Chief AI Officer)」に兼務で就くことだろう。

CAIOに就任するパナソニックコネクトの榊原彰シニア・ヴァイス・プレジデント CTO

同社の説明によると、新設したCAIOは、今後の変革の鍵である顧客課題の解決と、内部オペレーションの変革に向けて、AIの利活用を加速する役割を担うという。その点では、松岡氏の実質的な後任という捉え方はできるが、アプローチの仕方は大きく異なるものになりそうだ。

榊原氏は、1986年に、弘前大学人文学部卒業。文系出身だが、大学時代に触れたコンピュータが自分に合っていると感じ、証券マンになるという目標を転換して、コンピュータ関連企業の面接を受け、1986年4月、最初に内定を受けた日本IBMにSEとして入社したという異例の経歴を持つ。

「大学の経済数学(金融工学)の授業で出会ったオプション評価やリスク計算の問題をプログラミングしたことで、コンピュータに興味が湧き、IT業界を目指した」という。高校時代には、父親が勤務先の研修でプログラミングの宿題が出された際に、それを手伝ったという逸話も残る。

日本IBMでは、都銀の第3次オンラインをはじめとする金融機関、自動車や鉄鋼などの製造業を中心に各種開発プロジェクトに従事。2005年には、日本で約20人のディスティングイッシュト・エンジニア(技術理事)に就任するとともに、IBM東京基礎研究所でサービス・ソフトウェア・エンジニアリングの研究に携わった。

榊原氏の経歴

また、2008年には、グローバル・ビジネス・サービス(GBS)事業CTOを担当し、エンタープライズ・アーキテクチャ&テクノロジー部門グローバル・リードに就任。また、2010年にはGBSのCTOに就任し、2012年にはスマーターシティ事業CTOに就いた。

2016年1月に、日本マイクロソフトに移籍。執行役員CTOに就任した。このとき日本マイクロソフトでは、樋口泰行氏(現パナソニックコネクトCEO)が、社長から会長に就任して約半年を経過したタイミングであり、このときの関係が、榊原氏のその後のパナソニックコネクト入りにつながることになる。

2018年には、米本社の直轄法人として設立した日本の開発組織「マイクロソフトディベロップメント」の社長にも兼務で就任。WindowsやBing、Azureに関する製品の開発にも携わった。

2021年11月に、樋口泰行氏がCEOを務めるパナソニックコネクティッドソリューションズ社(現パナソニツクコネクト)に移籍し、常務 最高技術責任者兼イノベーションセンター所長、知財担当に就任。現在は、執⾏役員 シニア・ヴァイス・プレジデント CTO兼技術研究開発本部マネージングダイレクター、知財担当、クラウドエンジニアリングセンター担当、SaaSビジネスユニット担当という役割を担う。

以前の取材で、2人の人物の言葉が、榊原氏の仕事の仕方に大きな影響を与えていることを聞いた。

一人目は、Unified Modeling Languageの生みの親の一人であるJames E. Rumbaugh氏だ。榊原氏のときのメンターであり、「アーキテクチャとは、絶えずトレードオフの意思決定をし続けること」という言葉に感銘したという。

榊原氏は、「トレードオフの判断はどんな場面でも起こる」としながら、「アーキテクトに大切なのは、なぜ、その決定をしたのかをしっかり説明できることである。この言葉を知って以来、自分のディシジョンに説明がつくように深く考えるようになった」という。

もう一人は、IBMのExecutive Vice PresidentであったNick Donofrio氏の言葉だ。「何かが変わらなければ、何も変わらない」という言葉だ。「テクノロジーで世の中を変えるのであれば、まずは自らの行動を変えることが大切だと感じた」という。

そして、榊原氏には、目指しているCTOの姿がある。それは、「技術者であり続けるCTO」である。

「私自身、技術が大好きだ。大企業のCTOは管理業務が多くなり、技術から離れる人も多い。しかし、私は技術戦略を作り、技術に触れて、技術者であり続ける」と語る。CAIOの立場でも、技術者であり続けることにはこだわることになる。

パナソニックコネクト入りをした当初、榊原氏は、「将来、成し遂げたいのは、パナソニックグループ全体を変えること。パナソニックコネクトを突破口として、パナソニック全体が、時代にマッチしたテクノロジーを、B2BでもB2Cでも提供できる企業に変革していく。そのためのステップストーンになりたい」と語っていた。

榊原氏にとって、そのステージがいよいよ到来したともいえる。

ただ、榊原氏は、経歴からもわかるように、B2Cの経験はない。

その点では、松岡氏とは、AIに対するアプローチの仕方や、AI活用の出口が大きく異なるのは明らかだ。パナソニックホールディングスも、榊原氏に対して、新たなB2Cサービスの創出をミッションに課すことはないだろう。

和仁古グループCFOは、榊原氏について、「パナソニックコネクトにおける事業へのAIの実装、顧客に対するソリューション提案につなげる役割を果たしてきた。グループCAIOと、コネクトのCTOを兼務することで、ワンヘッド体制のもとで、グループ全体のAI人材を最大限に活用でき、ソリューション事業の発展につなげることができる」と期待している。ここには、B2Cサービスという言葉はひとつもない。

先に触れたように、榊原氏が担うのは、顧客課題の解決と、内部オペレーションの変革に向けたAIの利活用の促進ということになる。

では、AIを活用したB2Cサービスの創出に向けて、パナソニックグループはどう取り組むのだろうか。

今回の人事では、その動きは明確に見ることはできない。

和仁古グループCFOが、松岡氏が取り組んだ成果について、「パナソニックグループのR&D部門に引き継ぎ、次への挑戦につなげることができる」と述べたように、事業レベルから、研究開発レベルへと「しまい込む」ような発言をしている点からも、AIを活用したB2Cサービスの事業化が遠のいた感は否めない。パナソニックグループが製品を通じて接点を持つ10億人の顧客に対して、どんなAI戦略を打ち出すのかは、やや不明瞭になったといわざるを得ない。

ただ、2025年6月に、東京大学大学院工学系研究科教授である松尾研究所の松尾豊氏が、パナソニックホールディングスの社外取締役に就任しているほか、パナソニックホールディングス デジタル・AI技術センター所長を務めていた九津見洋氏が、家電事業などを担当するパナソニックくらしアプライアンス社のCTOに就いたことは、パナソニックグループのAI戦略を見る上では注視しておきたい部分だ。とくに久津見氏は、デジタル・AI技術センター所長として、あらゆる顧客に素早くAIを届ける「Scalable AI」と、あらゆる顧客の信頼に応える「Responsible AI」の方針を推進してきた人物であり、事業会社の現場を指揮する立場で、社内のAI活用や家電へのAI利用をどう促進するのかが注目される。

パナソニックくらしアプライアンス社の九津見洋CTO

パナソニックグループでは、2026年4月から新体制へと移行し、新たな中期経営計画を推進することになる。

その直前に、2つのシリコンバレー発のプロジェクトを終了させたことは、同社のAI戦略を、一度リセットしたと受け取ってもいいだろう。

パナソニックグループにとって、AIを活用したサービス創出が「苦手分野」にならないようにすることも、新たな中期経営計画の隠れた課題のひとつといえそうだ。

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