私はこうして騙された――知らない相手から届いたDM、4千万円を失う悪夢の始まり 米
米ニュージャージー州の自宅の前で写真に収まるジョー・ノバックさん/Austin Steele/CNN
(CNN) 自分のフェイスブックにある日、見知らぬ相手から親し気なメッセージが届いた。まさかこれが人生を破滅させる悪夢の始まりになるとは、この時は思いもしなかった――。
SNS投資詐欺の被害に遭った男性が、自分のような状況にある人を助けたいとの思いからCNNの取材に応じ、全財産を失うに至った詳しい経緯や、相手と交わしたやり取りの一部始終を明らかにした。
米ニュージャージー州ウォリントンに住むジョー・ノバックさん(52)に見知らぬ相手からメッセージが届いたのは、昨年10月のことだった。
「知り合いではありませんが、FBでおすすめの友達に表示されて、あなたを追加しました。ご迷惑でなければいいのですが」「…息子さんについての投稿はとても心温まる内容でした。私たちはつながることができるかもしれません」
ノバックさんはこの3カ月前に自身のフェイスブックで、病気の息子が安全に食べられるファストフードが少ないことを嘆く投稿を公開していた。
メッセージに悪意はなさそうだった。プロフィールに表示されていたのはアイリス・ダナーというほっそりとした金髪の女性。ニューヨーク市の高級ショッピング街、マディソン・アベニューで働くファッションデザイナーと自己紹介していた。
2人はメッセージのやり取りを始め、彼女に勧められて「フェイスブックメッセンジャー」からメッセージアプリ「ワッツアップ」に切り替えた。2人の関係は徐々に親密になっていった。
ノバックさんは数カ月前、テレマーケティング会社のIT担当副社長の職を失い、離婚協議と2人の子どもの親権争いの真っ最中だった。彼女はファッションデザイナーとして世界中を飛び回っていると語り、ノバックさんと同じように自分も離婚経験があると言った。流産で子どもを亡くしたという打ち明け話もして、ノバックさんの子どもに対する献身ぶりをたたえた。
2月までに2人は互いに愛を告白した。4月までにはノバックさんが、ほぼ全財産に相当する28万ドル(約4360万円)を、彼女に勧められた投資サイトに注ぎ込んだ。その彼女と彼女のフェイスブックのプロフィルが消えたのは、それから間もなくのことだった。
「私は全てを失った。自分の子どもたちの未来も、自分の未来も」。ノバックさんはそう語る。「毎日泣き続けた。具合が悪い78歳の母親にどうしたら、何もかも失ってしまったと言えるだろう」
「彼女」を信用した理由
ノバックさんの経験は、被害が増大しているSNS型投資詐欺の典型だった。当局によると、暗号通貨投資をうたって米国の被害者から騙(だま)し取られた金額は数十億ドルに上る。
詐欺は一見無害なメッセージで始まることが多い。詐欺師は恋愛を装って相手を信用させ、関係を築く。つながりが深まったところで暗号通貨投資の話を持ち出し、富と経済的成功をちらつかせて、そこに手が届くように思わせる。この手口は食用のブタを解体前に太らせることになぞらえて「pig-butchering(ブタの解体)」と呼ばれる。
ノバックさんとメッセージをやり取りしていた「アイリス」は、赤いフェラーリや優雅な休暇、ファッションショーの最前列といったぜいたくな暮らしぶりを吹聴した。ワッツアップのボイスメモで自分の名前の発音の仕方をノバックさんに教えたり、フワフワのゴールデンドゥードル犬ラッキーの動画をシェアすることもあった。
マンハッタンの雪景色や、雪を縫って歩く彼女の靴音など、日常のひと時の動画が届いたこともある。
こうしたでっち上げのプロフィルやイメージは、信用させることを狙った計画の一部だったと専門家は指摘する。ニューヨーク市から約30キロの場所に住むノバックさんは、この地域で雪が降っていることを知っており、彼女の話は信じられるという思いは強まった。
「彼女はよくお金の話をしていた。高級車の写真を送ってきて、ぜいたくな暮らしぶりだった」とノバックさんは振り返る。「私は気にしなかった。50代の自分が望むのは、誰かとつながることだけだった。相手が持っているものはどうでもいい」
「アイリス」は、巧妙に演出された1回きりのビデオ電話を除き、電話や通話アプリ「フェイスタイム」での会話を避けて、メッセージや音声メモでやり取りすることを好んだ。ニューヨーク市でノバックさんと会うあいまいな約束をしておきながら、計画が固まりそうになるたびに言い訳を見つけて断った。
見過ごしていた不審点
「アイリス・ダナー」はニューヨーク市クイーンズ区在住のはずだったが、CNNが検索した結果、その名前の住民は見つからなかった。ノバックさんとのコミュニケーションに使われていたワッツアップの番号を調べても、名前は出てこなかった。
ノバックさんに送られてきた写真や動画は、ニューヨーク市を拠点とする違う名前のインフルエンサーのインスタグラムに掲載されたものらしかった。
「アイリス」はほかの誰よりも自分に思いやりを示してくれたとノバックさんは言う。母親の通院に付き添った日は、どうだったと尋ねるメッセージが「アイリス」から届いた。家族全員に頼られる立場のノバックさんは、自身の離婚と向き合う中で、自分のことを気遣ってくれる新しい関係ができたと感じていた。
コンピューターに詳しいノバックさんは、勤務先の会社がランサムウェア攻撃に遭ってシステム全体が消去された際は復旧に尽力した。そんな自分が詐欺に騙されるなんて信じられないと打ち明ける。
今から思えば見過ごしていた不審な点はあった。例えば「アイリス」はカメラの前に姿を見せるよりも、メッセージやボイスメモでのやり取りの方を好んだという。
1回だけ例外があった。連絡を取り始めてまだ間もない頃、2人はワッツアップのビデオ通話で15分間話をした。
ノバックさんの記憶では、相手は会議室のような部屋で長いテーブルの向こうに座っていた。顔はぼやけていたが、体格は「アイリス」に似ていた。背後のカーテンがかかった窓は暗く見えた。しかしニュージャージー州の時刻はニューヨーク市と同じ午後3時ごろ。まだ太陽が出ていた。
「クローズアップではなかったし、部屋もきれいすぎた」「でもそれほど怪しいとは思わなかった。今、(SNS詐欺の)話をいろいろ読むと、(自分が見落としていた)兆候はあった」
そう語るノバックさんは、自分は誠実さに付け込まれ、騙しやすい相手になってしまったと振り返る。
失業中だったノバックさんは、13歳と15歳の子どもの将来のために、投資のチャンスが必要だと「アイリス」に打ち明けた。
「アイリス」は安定した収入源として暗号通貨投資を勧め、銀行口座から暗号通貨のデジタルウォレットに資金を移す方法を説明。続いてそのウォレットを「儲かる投資サイト」に連動させた。さらに、ノバックさんの口座情報を含む個人情報のスクリーンショットを自分に送信させて、このサイトの使い方をノバックさんに教えた。
彼女の説明によれば、このサイトには階級があり、多額を投資するほど金利が上がる仕組みだった。レベル1は10万ドル以上、レベル2は25万ドル以上、レベル3は50万ドル以上の投資が必要という話だった。
ノバックさんが12月に2回に分けて1500ドルずつ入金した額は、その後問題なく引き出すことができた。ノバックさんはすっかり信用した。試しに少額を引き出すことができるたび、この仕組みはうまくいっているという確信を強めていった。
日々の利益は各レベルごとに約束され、残高はどんどん増えていった。預け入れる額が増えるほど利益も増えたことから、そのまま増えるに任せたという。
「大学の学費を半分負担しなければならないのに、仕事がない。そこへ28万ドルほどの一時金が手に入った」。このお金は、妻と共同で所有する住宅の持ち分だった。「完璧に思えた」
「アイリス」は全ての手続きを手伝った。友人たちは気を付けた方がいいと注意してくれたが、「『自分は頭がいい男だ。うまくいっている』と自分に言い聞かせた。自分の心が最大の敵だった」「今年1月末までには恐らく15万ドルを投資していた」
その間もノバックさんは、「アイリス」と会う約束を取り付けようとしていたが、2月のニューヨーク・ファッションウィークの準備で忙しいという理由で断られた。バレンタインデーには、彼女が自分と会う時間を作ってくれないことを不審に思っていたところ、思いがけず「愛してる」というメッセージがワッツアップで届き、驚きながらも自分も愛していると返信した。
その月に、例の暗号通貨サイトから通知が届き、新しい投資家が殺到しているという理由で次のレベルへ移行するよう促された。彼女は、もしノバックさんがもっと多額を入金すれば、自分も同額を投資してノバックさんを50万ドルのレベルに到達させると持ちかけた。
そこでノバックさんは、全財産の28万ドルを入金した。しかし3月になって利益の一部を引き出そうとしたところ、同サイトに引き出しを拒まれ、4万ドル超の手数料を求められた。
同じ日に友人から、ブタの解体詐欺についての記事が送られてきた。自分が騙されたらしいと気付いたのはこの時だった。
途絶えたメッセージ
フェイスブックの相手は徐々に連絡が途絶えていった。自分の金を取り戻そうと必死になったノバックさんは仮病を使い、医者にかかるためのお金を貸してほしいと「アイリス」に頼んだ。
7月に、ワッツアップで返事が届いた。
「きっと良くなるはず。幸運の女神は善人を決して見捨てないから」と彼女は言い、確定拠出年金を支払いに充てられないかと問いかけた。
これを最後に数カ月間、メッセージは途絶えた。その後間もなく「アイリス」のフェイスブックのページは消滅し、ノバックさんが多額を送金した投資サイトも消滅した。ログオンを試みるたびにエラーが表示された。
ノバックさんはショックと後悔の念で押しつぶされそうになり、夏の間は母親の家に引きこもった。今になってようやく、前へ進む道を見つけようと動き始めている。
ニュージャージー州のウォリントン警察や米連邦捜査局(FBI)にも被害を届け出た。
「今、ようやくこのことを話せるようになって、自分の将来に希望を持てるようになった。自分はきっと誰かの助けになれるかもしれない」「どれほど多くの人が今、私のような状況にあって、私のようなことを考え、自分は無力だと思っているかが想像できる」。ノバックさんはそう話している。