1万円近くの文具が「48時間で1000個」の予約…コクヨ「大人のやる気ペン」開発者が見つけた大人の深すぎる悩み 商品紹介の動画に涙が止まらなくなった大人がいた
“発売前から人気商品”とニュースになったIoT文具「大人のやる気ペン」とは何か。開発者のコクヨの中井信彦さんは「挫折や三日坊主の悩みを抱える人をユーザーモデルにし、彼らの孤独に徹底的に寄り添うものをつくった」という――。
年明けの文具業界に衝撃が走った。2025年1月29日、「アタラシイものや体験の応援購入サービス〈Makuake(マクアケ)〉」サイトでその製品の先行販売が始まると、わずか48時間で目標の2000%となる1000台が完売。リターンを追加し、継続したところ、1カ月半で目標比6900%、応援購入者数は3600人以上となった。それが、コクヨのIoT(モノのインターネット)文具「大人のやる気ペン」だ。
「驚きましたね。とにかく嬉しかったのは、多くの方々がこの『大人のやる気ペン』に共感してくれたことです。コメントを見ると、『勉強中ずっと孤独でした』『資格試験の勉強を続けられずに悩んでいました』といった声がずらりと並んでいて。中には、商品紹介の動画に『涙が止まらなかった』という切実な感想までありました」
こう語るのはコクヨの開発者、中井信彦さんだ。足かけ10年ほどIoT文具の開発一筋に取り組んできたイノベーターである。発売前に応援購入サイトを利用したのは、「なぜ、この商品を作ったか」をユーザーに直接伝えたかったからだと言う。
「Makuakeのおかげでそれが叶いました。大人向けの文具として前例のないモノでしたから、いきなり発売しても利用者にはまったく届かないかと思いまして」
はたして思惑は成功する。3月中旬には〈資格勉強が続かないあなたに『大人のやる気ペン』 想像超える反響〉と新聞でも報道され、5月12日に待望の発売日を迎えた。
いったい、どんな文具なのか。中井さん、すばり教えてください。
「商品名そのものの文具です。『大人のやる気』に寄り添う『ペン』。とにかくシンプルな製品です」
ユーザーモデルは「挫折した人」
たしかにシンプルなデバイスである。重さはたったの8グラム。充電してペンに取りつける。そして書く。使った分だけデータが蓄積され、それを専用アプリに記録できる。「三日坊主に寄り添う、超小型軽量ラーニングデバイス」というのがキャッチフレーズだ。
ただし、「なんだ、勉強時間を測定できるデバイスか」くらいに思ったとしたら、この商品の本質を見誤るだろう。
なにしろ小さなハイテクだ。デバイスをペンに取りつけスイッチを押す。すると加速度センサーが振動を溜めてくれ、ペンを手にして使った分だけ「やる気パワー」として内蔵される。使用後に、そのデータをBluetoothでスマートフォンに送信、専用アプリと連動させて勉強時間として記録が可能。お値段は税込み「9900円」と安くはないが、デバイスについた小さなLEDの色の変化も楽しめ、自分のやる気が“見える化”されるというわけだ。
撮影=市来朋久
自分のやる気が“見える化”される小さなハイテク「大人のやる気ペン」
「“勉強に挫折した人”をユーザーモデルにしました。どうしてもやる気が起きない朝や、目標を達成できずに味わう挫折感。そんな個人的な悩みを、いかにサポートできるか――。突き詰めていくと、勉強する大人の“孤独な姿”が見えてきたんです。想像以上の孤独感でした」
それに寄り添い、やる気のスイッチをつくりたい。そっと優しく面白く――。しかし、そこから商品化への道は長く遠かった。山あり、谷あり、反発アリ、である。
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さらにやる気を促してくれたのが、一部のユーザーたちのインタビューだった。大人たちが一様に、「しゅくだいやる気ペン」に感謝の言葉を重ねたのである。ある人は過去の挫折を語った。未来の決意も語った。そして「この資格を取らなければ、仕事ができなくなる」と、切迫した事情を明かす人もいた。その後、「大人のやる気ペン」完成までの長い道のりで、中井さんは幾度もこのインタビュー動画を見返し、心の支えにしたと言う。
「働きながら勉強する――そんなこと、無理にしなくてもいい人たちが多いんです。それでも、やる。そこには、理由があるんです。切実な、真剣な理由が」
中井さんの顔が紅潮した。
「子どもなら、叱ってくれる親がいる。褒めてくれる先生がいる。でも、大人には誰もいない。全部、自分でなんとかしなきゃいけないんです」
子どもは与えられた宿題をやるだけだ。だが、大人は自ら選んで勉強する。それはときに、孤独との闘いになる。
「勉強の意味がまるで違うとわかりました。人生がかかっているんですよね。それなのに、誰も見守ってくれない。時間もない。仕事にも追われる。スマホにも気を取られる。焦り、自分を責める。孤独ですよね、ものすごく」
8割の大人が勉強にペンを使っていた
大人の弱いリアルに徹底的に寄り添うこと。それがプロダクトの核心になった、と中井さんは振り返る。「大人向けのやる気ペンをつくることが、彼らへのアンサーソングになりました」。
大規模な調査もさらに実施した。約1万人を対象にしたウェブ上のアンケート調査だ。その結果は、またしても意外なものだった。
「最近1年で資格取得に取り組んだか」の問いに、26%が「はい」、13%が「やりたいができていない」と答えた。「諦めた経験があるか」には、実に7割が「はい」。そして「勉強するときペンを使っているか」には8割が「はい」と回答した。
撮影=市来朋久
コクヨ社内で共有された「大人の学習に対する実態調査」
「モチベーションの維持が一番の課題」――それが最も多かった回答だった。
「資格の勉強をしている、あるいはしようとしている大人が、約4割もいたんです。しかも挫折経験がある人が7割。ペンを使って勉強している人が8割もいたという事実。これはもう、ペンのデバイスに大きな可能性があるという確信につながりました」
はたして社内4人のコアメンバーの決意が固まり、「大人のやる気ペン」の本格的な開発がスタートする。だが、待ち受けていたのは、社長からの“ダメ出し”だった。
(後編へつづく)