「仕事に行きたくない」から殺人 論理の飛躍どう判断、元自衛官に23日判決
「仕事に行きたくない」。ありふれた感情はなぜ殺人事件へと発展したのか。京都市のマンションで令和5年12月、住人の男性=当時(82)=を刺殺したとして、殺人などの罪に問われた元陸上自衛官の水島千翔(ゆきと)被告(22)に京都地裁は23日、判決を言い渡す。事実関係に争いはなく争点は量刑。検察側の無期懲役求刑に対し、弁護側は懲役15年が相当と訴える。被告が抱いていたという殺人願望の影響が焦点の一つだが、専門家は心理状態の追及不足を指摘する。
40回踏み付け、8回突き刺す
「習得していた自衛隊としての戦闘技術を悪用し、足が不自由で無抵抗な被害者を狙った」。検察側は17日の論告でこう訴え、犯行の悪質性を強調した。
検察によると、かかとに重心をかけて約40回も革ブーツで被害者を踏みつけた被告。その後も包丁で約8回、臓器のある位置を狙って突き刺した。「急所を狙った効果的な攻撃方法や、短剣を用いた対人戦闘技術を悪用した」(検察側)。
公判で注目を集めたのが、被告が中学時代から抱いていたという殺人願望だ。被告は法廷で「誰かを殴ったり、階段から落としたりしたらどうなるのかといった妄想が自然と浮かび上がる」と述べ、銃を手にした際は「これを使ったらどうなるのかと妄想した」と語った。
しかし、起訴前に精神鑑定を担当した医師は、被告には小動物を殺すなどの行為がなかったと指摘し、「(願望は)それほど強くはない」と証言。被告は逮捕後、母や弟の殺害計画もほのめかしたが、医師は「自身をことさら悪い人間に見せようという印象を受けた」と語った。
「人前に出ることが苦手」
では何が事件の引き金になったのか。
被告は中学卒業後、陸上自衛隊高等工科学校に進んだ。令和3年に陸自に入隊。4年からは祝園分屯地(京都府精華町)に勤務し、弾薬の保管や整備などの業務に当たっていた。勤務態度に問題はなく、トラブルも確認されなかったという。
だがその後、2つの仕事がきっかけとなり、事態は暗転していく。格闘訓練の指導員に選出されたほか、大型車両の操縦訓練に臨むことになったのだが、「人前に出て指導することが苦手」「ミスする姿を見られたくなかった」(被告)。かつてミニバイクの免許を取得する際に教習所で危うく事故になりかけ、陸自ではその件で悪口を言われたり、揶揄(やゆ)されたりしたこともあるという。
次の犯行、とどめた理由は
証拠調べや弁護側などによると、苦痛だった2つの仕事のうち、操縦訓練は5年12月4日から始まる予定だった。完璧主義者だった被告は仕事をうまくこなせるイメージが持てず自信を喪失。また自衛隊以外では生きていけず、自分は無能だという劣等感や嫌悪感もあり、切迫した状況に陥った。
「業務は完璧にこなすものだと思っていた。トライアンドエラーという選択肢はなかった」(被告)。自衛隊を辞めたり、仮病で休んだりするという発想も全く浮かばないまま、訓練前日の12月3日、凶行に走った。
動機を巡る検察側の見方もほぼ変わらない。訓練や仕事が憂鬱だった被告が「仕事から逃げるため、自衛隊から逃げるために事件を起こした」(検察側)。精神鑑定医も事件の動機について法廷でこう断じた。「殺人願望よりも、『仕事に行きたくない』というものの方が大きい」。
これに対し専門家は追及不足を指摘する。筑波大の原田隆之教授(犯罪心理学)は「自衛隊の仕事が憂鬱で追い詰められ、人を殺したという論理には無理がある。公判の中での被告の精神状態の解明が極めて不十分だ」と話す。
被告に精神疾患はなかったが、「著しい反社会的なパーソナリティーのゆがみがあったのではないか。こうした人は良心の呵責(かしゃく)や罪悪感が乏しく、衝動性や攻撃性が高まりやすい。時として論理や行動の飛躍も起きる」と原田氏。被告はなぜ次の犯行を起こさなかったのか、思いとどまった理由は何か。原田氏は「このままでは被告の心のブラックボックスが解明されたとは言い難い」と述べた。(塚脇亮太、小野田銀河)