AI時代と分断に挑む世界のビジネススクール-変わる人材育成最前線
人工知能(AI)の急速な広がり、地政学的な分断、経済の不安定化ー。絶え間ない変化の中でビジネススクールを率いることは容易ではない。
2025-26年版ビジネススクールランキングの発表を前に、ブルームバーグ・ビジネスウィークは世界各地の学長らを招き、足元の課題や今後の経営大学院教育に関するオンライン座談会を開いた。
参加したのはスイス・ローザンヌにあるIMDのデービッド・バッハ学長、カナダ・トロント大学ロットマン経営大学院のスーザン・クリストファーセン学長、香港科技大学の経営学修士(MBA)プログラムを統括する石教立(スティーブン・シー)副学長、フランス・フォンテーヌブローに本部を置くINSEAD(インシアード)のフランシスコ・ベローソ学長だ。
変化に対応するビジネススクールの役割
バッハ:ガバナンスや経済の世界的再編が進んでいる。AI普及とデータおよびデータ分析への注目の高まりを背景に、急速な技術変化を経験している。世界では大きな変化が進み、ビジネスのあり方も揺れ動いている。急速に変化し、求められる条件が変わる労働市場に学生をどう備えさせるか。それが教育の現場を一層挑戦的で面白いものにしている。
石:技術の進化や生成AIの台頭は仕事の未来を左右するだろう。学生をどう準備させるか。AIを補完するスキルをどう伸ばすのか。これらは大きな課題だ。バッハ氏が触れた世界のガバナンス変化も想定している。21世紀はアジアの世紀になると言われてきたが、その現実味が増している。東南アジアや中国、東アジアの新興国・地域には活力がある。
ベローソ:インフレや貿易障壁、技術的な競争の行方など多くの疑問が不確実性につながっている。AIを巡る論点は、AIそのものだけでなく、主要経済圏の対応と地政学的影響にも及ぶ。INSEADの活動拠点の3分の1はシンガポール校にある。当校の学生が世界各地で異なる機会を理解することは重要だ。
クリストファーセン:当校の学生は多様性があり国際的だ。学生に機会を提供し、グローバルな視点を今後も維持したい。学生は人間的なスキルに磨きをかける必要がある。人間らしさこそわれわれを際立たせる。その多くはビジネスの場に表れる。例えば、異なる視点や文化的背景を持つ人と、どう向き合うかといった場面だ。だからこそ学生はAIや技術変化に対応するだけでなく、人間的スキルを高めなければならない。学生が不確実な状況に遭遇した時、どう柔軟かつ迅速に動けるか。そうした力を学生が身につけるよう手助けする必要がある。
変化に挑む学生を支える
ベローソ:学生には柔軟性や適応力、回復力も必要だ。得た仕事が1-2年で消えるか、全く変わる可能性があるからだ。われわれは提供する教育、環境、コミュニティーに自信を持ち、それを持続することが大切だ。昨年、卒業生の就職先地域で最も多かったのはアラブ首長国連邦(UAE)だった。シンガポールやロンドンを上回った。多くの機会がある上、学生たちにはためらわずに挑戦に踏み出せる強い自信がある。
石:柔軟な対応力や人間的スキルの大切さを認識し、強化に取り組んできた。香港政府による手続き簡素化により、香港科技大学の学生は就労ビザを取得して2年間滞在できるようになった。われわれは授業開始の1カ月前から、就職活動やキャリア戦略に加え、その体系的な進め方についても指導している。香港の企業は採用の仕組みが異なる。だから大学が学生と連携し、主体性や規律を養い、初日から本格的に就職活動に動けるよう支えてきた。枠組みや訓練の場を与えることで、学生は自信を得て、自分の強みに集中できるようになる。
米国で揺らぐ価値観
クリストファーセン:米国の大学は大きな圧力にさらされており、立ち回るのが非常に難しい時期にある。近年は教育そのものが攻撃の対象となっている。学生には、ここで学ぶ価値、そして経済成長を支える存在になる意義を伝えたい。
ベローソ:INSEADは1957年、ビジネスとリーダーシップを通じて平和と理解に貢献できるとの理念で創設された。多様性と包摂性はDNAの一部だ。一過性の流行で取り入れたものではない。だからわれわれの方向性はぶれない。多様性やサステナビリティーには強いビジネス上の意義がある。残念なのは、それらが政治問題化してしまうことだ。本来は政治の問題ではなくビジネスの課題であり、人や地球、利益にとって正しいことを実践するものだ。
バッハ:米国への留学生や、外国人教員が減るリスクが現実にある。カリキュラムも米国中心になりかねない。結果的に乖離(かいり)が生じるリスクがある。地球は一つ、経済も一つだ。ビジネスの教え方や研究が分断されれば、米国にも世界にも望ましくない。学生や教員、ビジネス全体にとっても決して良いことではない。
多極化する世界とどう向き合うか
ベローソ:今後、重要性が増すのは起業家精神の側面だ。学生や卒業生は今後3-10年に、起業やグローバルな価値創出の道に大きく踏み出していく。
クリストファーセン:今やビジネススクールに来る目的は、就職のためだけではなく、仕事を生み出すことにある。起業家精神と不確実性への対応力は非常に重要な要素だ。
バッハ:ビジネススクールは多様な地域から、経済の仕組みや企業経営について異なる考えを持つ人々が集まる場になることが大事だ。だからといって各地域に根ざす教育機関としての視点を持たないという意味でない。学校自体が道徳的に明確な立場を示す存在になるべきだ。それは文化的な帝国主義でも、価値観の欠如でもない。
石:これから大切なのは、良い質問をし、相手の話をよく聞く力だ。これは、PowerPointの資料を大量に作成し、長いスピーチをする時代とは違う。問いかけ、理解しようと努め、優れた聞き手になることがますます重要になる。
(原文は「ブルームバーグ・ビジネスウィーク」誌に掲載)
原題:Global B-School Leaders Face Increased Tension and Anticipation(抜粋)