読書する人が20年で4割減った──「読む」より「反応する」社会の台頭(遠藤司)
何かを読むことは、すなわち考えることである。しかし近年、ものを読む人が減少し、反応的な文化が日常化している。
8月26日、GIGAZINEに「読書する人は20年前より40%減少している」と題する記事が掲載された。ユニヴァーシティ・カレッジ・ロンドンとフロリダ大学の研究によれば、2003年から2023年までの20年間で、個人的な目的で読書をするアメリカ人の割合は28%から16%にまで減少した。これは、読書人口の割合が40%以上も減少したことを意味する。
こうした読書離れは、スマートフォンやSNSの普及と歩調を合わせて進んでいることを示す調査もある。米国の心理学者ジーン・トゥエンジらは、スマホ利用時間が急増した2000年代以降、10代の活字読書量が著しく減少したと報告している。
日本でも、文化庁の「国語に関する世論調査」では、2023年度に「月に1冊も本を読まない」人が過去最高の62.6%に達している。加えて、若者の多くはニュースや情報を文章で読むよりも、SNSの短い投稿や動画から得る傾向を強めている。読むこと自体が日常から抜け落ち、即時の反応が生活の中心に置き換わりつつあるのだ。
さらに、SNSでは文章を読みもしないで批評やコメントに走る人が増えている。これは単なる怠慢ではなく、人間の認知の仕組みとSNSの設計が重なった必然的な現象といえる。人間の性向や心理は各種の研究により明らかになってきているが、それゆえまた企業などによって巧みにコントロールされているのである。
読まずに反応する社会の構造
人は本来、思考の負担を減らそうとする。タイトルや冒頭を読むだけで理解した気分になるのは、認知的ショートカットと呼ばれる心理的傾向である。これは瞬間的な処理には便利だが、深い理解を犠牲にする。SNSはこの傾向をさらに強化し、短い刺激で埋め尽くされたタイムラインが、人びとを即時反応へと誘導している。
実証研究もこれを裏づけている。コロンビア大学とフランス国立情報学自動化研究所が2016年に行った分析では、Twitterで共有されたリンクの約59%が、クリックされずに拡散されていた。また、ペンシルベニア州立大学が2015年に行った調査でも、Facebookでのシェアの約75%が本文未読のまま行われていたという。もはや、読まずに拡散する行為は例外ではなく、一般的な習慣となったのだ。
さらに、感情は拡散の強力な駆動力となる。ニューヨーク大学のウィリアム・ブレイディらは、ツイートに「道徳的な怒り」を含む言葉が一語増えるごとに、リツイートの確率が約20%上がることを示した。彼とイェール大学の研究グループは、SNSで怒りを表明すると「いいね」やリツイートが集まりやすく、その経験が利用者に再び怒りを投稿するよう促す学習効果があることを実験で確かめている。SNSの仕組みそのものが、冷静な熟考よりも怒りや憤りを拡散させやすい方向へと人びとを導いている。
確証バイアスも作用する。人は自分の信念に合致する情報には積極的に目を通すが、反対する情報は見出し程度しか確認しない傾向がある。本文を読むことは自身の考えを揺さぶる可能性があるため、無意識に避けてしまうのだ。
加えて、テキサス大学のナタリー・ストラウドらの実験では、同じ記事でも付されたコメントの雰囲気によって、読者の信頼度や評価が変わることが確認されている。また、「いいね」の数などの数値的反応が記事の受け止め方を左右することも、他の研究で示されている。人びとは、本文そのものよりも他者の反応に無意識に影響されやすいのである。
読まずに反応する社会とは、考えることよりも反射的に動くことが優先される社会だ。この傾向は、理解力や思考力を弱め、社会の議論を浅くし、生活上の判断を衝動的かつ短期的なものとしてしまう危険を孕んでいる。
読書がもたらす多面的な力
読むことは、単なる趣味嗜好にとどまらず、仕事や日々の判断に直結する行為である。
オーストリアのブルゲンラント応用科学大学の調査では、管理職と非管理職ともに9割ほどが「読書は時間の賢い使い方であり、ストレスを和らげる」と答えている。また、サセックス大学の認知心理学者デイヴィッド・ルイスの実験では、わずか6分間の読書でストレスが平均68%低下することが示された。短時間の読書でも、心を落ち着かせ、冷静さを取り戻すことができるようである。
読書はまた、他者を理解する力を養う。小説や物語を読むことは、登場人物の視点や感情を追体験する行為だ。ハーバード大学やIESEの研究は、文学作品を読む人ほど共感力が高まり、組織や人間関係を理解する力が強まると指摘している。
さらに読書は、経験を広げる装置となる。人が実際に体験できる場面は限られているが、本を通せば他人の成功や失敗、歴史的な事例を疑似体験できる。交渉やリーダーシップ、危機対応といった現場で直面する難題を、シミュレーションすることも可能となる。積み重ねた読書は判断の引き出しを増やし、予期せぬ状況にも冷静に対応できる力につながる。
経営学でビジネス・アキュメンと呼ばれる能力は、事業全体を見通し適切に判断する力を指す。その基盤を築くのは、知識の蓄積と文脈理解である。断片的な情報に反応するだけでは、この力は育たない。過去の事例や異分野の知識を読み解き、自分の状況に引き寄せて考えることで、初めて判断の軸が形成される。
そして読書は、持続的に考える力を養う。文章を読み、論理を追い、知識同士を結びつける営みは、SNSの短文を流し読むだけでは得られない。仕事では、一つの判断がプロジェクト全体を左右することもある。そのときに必要なのは、集中力と粘り強さであり、読書はその力を鍛える訓練となる。
読むことは、冷静さや共感力、経験の拡張、判断の軸、そして思考の体力といった多面的な力を育てる営みである。読む習慣を欠いた社会は、情報の洪水に翻弄され、場当たり的な反応に終始しかねない。SNSが中心となった現代社会において、読書は考える習慣を取り戻すための確かな手段なのである。