「私はどこで生まれるのか?」――39研究機関が7年かけて探した「意識の座」 (2/3)

意識は知性ではなく感覚の問題か? / Credit:Canva

実験自体は2019年に行われ、欧米を中心に256名もの被験者が参加しました。

この種の意識実験としては前例のない大人数で、被験者は世界7つの研究拠点に分かれて協力しました。

全員が同じ視覚課題に取り組みます。

コンピューター画面に人の顔、日用品の物体、アルファベットの文字、無意味な記号といった画像が次々と提示され、参加者はごく稀に出てくるターゲット刺激を検知する以外は、ただそれらを見るだけです。

画像は毎回表示時間が変化し(0.5秒~2秒程度)、意識に上った内容が長く続く場合とすぐ消える場合の両方が含まれるようにしました。

の計測も徹底しています。

被験者の脳活動は、機能的MRI(fMRI)で脳内の血流変化を捉え、脳磁図(MEG)でミリ秒単位の磁場変化を捉え、さらに一部の被験者では脳内電極記録(iEEG)で脳波を直接測定するという、3種類の補完的な手法で観察されました。

これにより、脳のどの部位が活動しているかという空間的な情報から、神経活動の一瞬一瞬の時間的な流れまで、意識に伴う脳の変化を立体的に記録することが可能になりました。

では具体的に、統合情報理論とグローバル神経ワークスペース仮説はこの実験で何を予測したのでしょうか。

両理論の主張を踏まえると、少なくとも3つのポイントで明確に異なる見立てが立ちます。

1つ目は意識の内容は脳内のどこに表現されるか?という点です。

統合情報理論によれば主に後部皮質(視覚野や側頭・頭頂野)に現れるはずですが、グローバル神経ワークスペース仮説では前頭前野を含む広範ネットワークで表現されると考えられます。

2つ目は意識体験はどのように時間的に維持されるか?という点です。

統合情報理論では刺激を見ている間ずっと後部で活動が持続すると予想します。

一方グローバル神経ワークスペース仮説では、意識に入った瞬間と抜けた瞬間に強い活動(「点火」)が起き、その間は一旦沈静化すると予想します。

3つ目は脳のどの領域同士が同期して情報をやり取りするか?という点です。

統合情報理論は後部の脳領域同士がしっかり結合し同期すること(統合)が重要と考えます。

それに対しグローバル神経ワークスペース仮説は、前頭と感覚領域の間で信号がやり取りされ全脳的に情報が共有されることを重視します。

研究チームは、上記のような観点で両理論の予測する「脳活動の違い」を統一実験で検証し、結果がどちらの理論に符合するかを判定しようとしました。

そして得られた膨大なデータを解析した結果――いよいよ両理論の命運が下されたのです。

しかし期待と不安の中で分析されたデータは、驚くべきことにどちらの理論にも完全には当てはまりませんでした。

それどころか、統合情報理論とグローバル神経ワークスペース仮説それぞれの予測の一部は裏付けられ、一部は明確に反証されたのです。

まず「意識の内容がどこに表現されるか」については、後部皮質と前頭前野の両方で刺激の内容に関する情報が読み取られました。(1つ目の意識の内容は脳内のどこに表現されるか?への答え=細かな分析により統合情報理論(IIT)がやや有利)

つまり視覚野や側頭葉など後ろの領域にも、前頭の一部(下前頭皮質など)にも、被験者が見ている対象に対応する信号が見つかったのです。

この点は双方の理論の主張と矛盾しません。

しかし、詳しく調べると刺激の細かな特徴(例えば顔がどの向きかなど)は前頭前野からは読み取れないことが分かりました。

顔の大まかな存在は前頭でも検出できても、その向きなど詳細な情報は後部の活動にしか現れなかったのです。

これは「意識の内容は前頭ネットワークで共有される」とするグローバル神経ワークスペース仮説には不利な結果です。

次に「意識がどのように時間的に維持されるか」を見ると、後部の視覚領域では提示された画像の表示継続時間に応じて活動が持続する傾向が確認されました。(2つ目の意識体験はどのように時間的に維持されるか?の答え=前頭葉での点火が確認されず統合情報理論(IIT)がやや有利)

長く見せれば長く、短ければ短く、後頭部や側頭部での応答が続いたのです。

統合情報理論が予測する「意識内容が後部で維持される」現象の片鱗と言えます。

しかしその一方で、前頭前野に期待されたグローバル神経ワークスペース仮説の「オフセット(刺激消失時)の点火」は検出されませんでした。

刺激が現れた瞬間には前頭の活動が高まるものの、消えた瞬間に明確な再活性化は見られず、刺激中も前頭前野の活動は断続的でした。

グローバル神経ワークスペース仮説の核心である「意識の入り際と抜け際に強い点火が起こる」という予測は支持されなかったのです。

最後に「どの領域同士が同期しているか」ですが、解析により前頭部と後頭部(初期視覚野)の間に、高頻度の脳波での同期現象が見つかり、意識状態では前と後ろの脳が特定のリズムで結びついていたのです。(3つ目の脳のどの領域同士が同期して情報をやり取りするか?の答え=前頭葉と結び付きの点でグローバル神経ワークスペース仮説(GNWT)がやや有利)

この前後の結合はグローバル神経ワークスペース仮説が予測するグローバルな情報共有を支持する結果と言えます。

一方、統合情報理論が重視する後部同士の強固な同期(統合現象)はほとんど観測されませんでした。

後部の各領域間で一体となった活動(ネットワークの同期発火)が持続する様子は見られず、せいぜいごく短い一過性の連携に留まりました。

この「後部での持続的な同期の欠如」は統合情報理論にとって大きな誤算で、意識を規定する決定的要素が脳内ネットワークの結合度合いだとする主張に疑問符がつきます。

このように、両理論とも決定打を欠く結果となりました。

予測された「脳内の意識のサイン」は一部しか現れず、かといって相手の理論が全面的に正しいというわけでもないという複雑な結末です。

研究に参加したサセックス大学の神経科学者アニル・セス氏は、「一つの実験でどちらかの理論に決着がつくとは初めから思っていました。

両理論は前提も目指すものも全く異なり、我々の測定法にも限界がある以上、一方が完全勝利することはないでしょう」と述べています。

しかし同時にセス氏は「そうは言っても、この協同研究によって両理論について非常に多くのことが学べました」とも強調し、脳のどこでいつ視覚体験の情報が読び出せるかについて貴重な知見が得られたと評価しています。

実際、本研究によっていくつかの重要な示唆が得られました。

一つは、意識の「座」は前頭葉ではなく感覚を司る後部に重きを置くべきだという点です。

実験では前頭前野が期待ほどには活躍せず、むしろ視覚野など後部の寄与が目立ちました。

これについて本研究の中心人物クリストフ・コッホ氏(アレン研究所)は、「証拠は明らかに後部皮質に有利でした…前頭葉は知性や判断には重要でも、意識的な視覚には本質的な役割を果たしていないようです」とコメントしています。

言い換えれば、「知性」は“すること (doing)”の機能に関わり、「意識」は“あること (being)”の状態に関わるということなのでしょう。

つまり知性や理性の源と考えている前頭葉は文字通りやっているのは主に知性関連のことであり、意識「我アリ」の根源はやや頭の後ろのほうに重点があるという印象です。(※統合情報理論(IIT)が勝ったという意味ではありません)

今回の結果は、私たちがものを考えたり計画したりする能力と、紅葉の美しさをただ感じ取るような純粋な意識体験とが、脳内では別の仕組みに支えられている可能性を示しています。

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