「トランプ大統領は神に選ばれた救世主だ」保守派アメリカ人が心の底からそう信じる宗教的理由(プレジデントオンライン)
トランプ大統領を強力に支持する、アメリカのキリスト教福音派の人々。立教大学文学部教授の加藤喜之さんは「山に籠り祈るのではなく、政治にコミットすることで、福音派はキリストの王国をアメリカに打ち立てようとしてきた」という――。 【この記事の画像を見る】 ※本稿は加藤喜之『福音派――終末論に引き裂かれるアメリカ社会』(中公新書)の一部を再編集したものです ■闇の力がトランプを邪魔している? 大統領選挙まで2週間余りとなった2024年10月21日のことだ。ノースカロライナ州で開かれたトランプ陣営の集会で、「アメリカの牧師」と呼ばれた福音派伝道師である故ビリー・グラハムの息子、フランクリン・グラハムが登壇した。投票直前の集会だったこともあり、ボルテージは最高潮に上がった。壇上のフランクリンは、この選挙戦を神と悪魔の戦いという終末論的な物語の中に入れ、神の力を乞う。 選挙期間中にトランプが牢獄に入れられそうになったのも、二度も暗殺されそうになったのも、メディアに連日叩かれるのも、実は悪魔――「闇の力」とフランクリンは呼ぶ――が背後におり、彼の大統領就任を妨げようとしているからだ。したがって、トランプと合国の唯一の希望は、神だけだとフランクリンは断言した。 彼の言葉に沸き上がる聴衆に対してフランクリンは淡々と続けた。トランプが朝起きてまず行うのは神への祈りであり、神はこの祈りを聞いており、この祈りに応える。なぜなら「戦車を誇る者もあり、馬を誇る者もあるが、我らは、我らの神、主の御名を唱える」(詩篇20篇7節)からだとフランクリンは聖書を引用しながら語った――もちろん「戦車」や「馬」とも言うべきトランプ陣営の莫大な選挙資金についてはなにも述べない。
■彼らの祈りは叶えられた そしてその後、驚くことにフランクリンは集会に詰めかけた聴衆に残りの時間を使って祈るように促す。しかも、立ち上がり声を出して祈るように促すのだ。その光景は政治集会では滅多に見られないものだった。地上のフランクリンが静かに目を瞑(つぶ)るなか、会場からはうねりのようなざわめきのようなカコフォニー(不協和音)が響き渡る。 聴衆は1分ほど祈っただろうか、聴衆の発話を遮るかのようにフランクリンが祈り始める。強くトランプの勝利を祈り、演説とも祈祷とも言えない時間を閉じた。 彼らの祈りは叶えられた。 25年1月20日、フランクリンは父ビリーを見送った議事堂の円形大広間に帰ってきた。悪天候のため、40年ぶりに屋内で催された大統領就任式で祈りを捧げるためだ。宣誓の直前に壇上に現れ、「神よ、あなただけがトランプを彼の敵から救い出し、力をもって復活させてくださった」と感謝の祈りを神に捧げた。 ビリーが植え、フランクリンが水を注いだ、この福音派という宗教運動は、アメリカを大きく変えた。ビリーが共産主義を悪魔のわざとみなしたロサンゼルス集会から75年。フランクリンは全米にも放送される公的な空間で、トランプ陣営に楯突くものを臆面もなく悪魔とみなし、終末の戦いを選挙の渦中に見出す。さらには聴衆の祈りの力をもって選挙に臨み、選挙での勝利に神のみわざをみる。 政治的に中立な宗教はなくなり、公共圏は終末論によって彩られる。 ■聖書を文字通りに読む「ディスペンセーション主義」 ディスペンセーション主義(できる限り聖書の記述を文字通りの意味で読もうとする解釈の方法)を広めたフィラデルフィアの預言会議から100年以上が経ち、福音派のみならず、全米にも終末論は浸透した。 スコフィールド聖書やハル・リンゼイの『今は亡き大いなる地球』、ティム・ラヘイとジェリー・ジェンキンズの小説『レフト・ビハインド』シリーズの大成功もあり、「携挙」(キリストの再臨時に、信者が生きたまま天に引き上げられること)や「イスラエル」(世界最終戦争の地とされる)や「ハルマゲドン」といった終末論的な用語は、人口に広く膾炙(かいしゃ)したといえよう。福音派の聖職者の7割近く、全米最大の教団である南部バプテスト連盟では8割以上が、ディスペンセーション主義の信奉者だと伝えられている。