【コラム】米国が失った同盟国の信頼、二度と戻らない-クルス

「敬意をもって提案する」と記された書簡が、米国の外交・情報・安全保障分野で活動した300人を超えるベテランを代表する団体から、上下両院の情報特別委員会委員長に送られた。

   一瞬、筆者はアイルランドの風刺作家スウィフトの「穏健なる提案」の系譜に連なる風刺文かと錯覚し、そう期待すらした。だが次の瞬間、これが紛れもない真剣な訴えであり、トランプ米大統領の外交政策を観察してきた筆者や他の識者が何カ月も抱いてきた懸念を反映していることを痛感した。

  この書簡は議会に対し、機密の情報見極めを求めている。同盟国が引き続き米国を安定した民主主義国家と見なしているか、信頼できるパートナーと考えているか、米国抜きの同盟関係を模索して安全保障リスクを分散しているか、さらには「もし米国がロシアと手を組み、北大西洋条約機構(NATO)やウクライナに敵対した場合、何十年ぶりに米軍と戦うことになる」事態に備えた計画を立てているのか、といった問いに答えるよう求めている。

  もちろん、このようなインテリジェンスアセスメントが実現する可能性はほとんどない。関係する委員会は議会全体と同様、トランプ氏に従う共和党が牛耳っているからだ。

  実際にこうした分析を実施するはずのいわゆるインテリジェンスコミュニティーも、トランプ政権による「粛清」の対象となり、忠誠心を欠くと見なされた職員は排除されようとしている。重要な専門知識が失われるリスクがあってもだ。

  懸念は各所で噴出し、切迫度を増している。例えばロシアがポーランドに無人機を送り込み、NATOの戦闘機が撃墜した事件だ。

  ロシアのプーチン大統領はNATOの防空体制や危機対応、決意を試していたとみられる。米アラスカ州での「友好的」な首脳会談を経て、トランプ氏がNATOの集団防衛義務に及び腰で、クレムリンの盟友に甘いことに確信を深めたのだろう。

     あるいは、イスラエルによるカタール空爆もある。標的はイスラム組織ハマスの幹部で、イスラエルもカタールも米国にとって「主要な非NATO同盟国」だ。

  カタールには中東最大の米軍基地があり、トランプ氏も派手なもてなしと取引の約束、米大統領専用機として豪華ジャンボ機の贈呈を受けていた。それでもイスラエルのネタニヤフ首相はまたもトランプ氏を無視した。トランプ氏はカタールの主権を守れず、不満げに「とても不快だ」と漏らすだけだった。

不信

  ポーランドでの一件がトランプ氏のNATO内での不安定さを浮き彫りにし、カタールでの出来事がネタニヤフ氏に対する弱腰を示したとすれば、グリーンランドでの米国の行動は悪意そのものを示している。

  グリーンランドは、米国にとって緊密な関係を長年続けている同盟国デンマークの自治領だ。それにもかかわらず、トランプ氏は「何とかして」グリーンランドを手中に収めると繰り返し脅してきた。

  デンマークの外相は先月、米国の臨時代理大使を召喚し、発覚した秘密工作に抗議した。複数の米国人がグリーンランドに入り、デンマークに背を向け米国による接収を支持する可能性がある住民のリストを作成していたのだ。これは友好的な行為ではない。

  軽視され、侮辱され、ないがしろにされた友好国や同盟国のリストはなおも続く。トランプ氏は、世界最長の非武装国境を米国と共有するカナダを併合しようとしている。同国は今や、米政府を最大の脅威の一つと見なしている。 

  ギャバード米国家情報長官は英国とオーストラリア、ニュージーランド、カナダとの間で情報共有を行う「ファイブ・アイズ」の枠組みに対し、ロシア関連情報の提供を遮断した。この枠組みは米国にとって最も緊密かつ有用な同盟関係の一つであり、テロ計画を未然に防ぐことで多くの米国人の命を救ったとされている。

   トランプ氏は、新たに形成されつつある米英豪の同盟「AUKUS(オーカス)」に疑念を呈し、また、日本と豪州、インドとの協力枠組み「Quad(クアッド)」についても懐疑的だ。

  台湾やフィリピンからエストニアやドイツに至るまで、米同盟国・地域はいざという時に米国が支援してくれるのか確信を持てなくなっている。

  米国が同盟国と積み上げてきた財産をトランプが意図的に破壊するのは自滅行為であり、ハーバード大学の国際関係論の権威グレアム・アリソン氏は「われわれを混乱させる」と述べている。

  米国は第2次世界大戦後、同盟を深化・拡大することで、80年にわたり世界大戦の再発を抑止し、核保有国の数をわずか9カ国にとどめてきた。アリソン氏は、これは歴史的な基準から見れば「不自然」とも言える地政学的安定だと評価する。

  だがトランプ氏はその点を理解せず、同盟国と接する際にまるでディケンズの小説に出てくる家主が借家人を締め上げるように、あるいはマフィアのボスが標的から金をゆすり取るかのように振る舞っている。

米国抜き

  踏み込んだ議論をするため、名誉や信頼、理念や価値観といったファクターをひとまず脇に置き、現実政治(realpolitik)と共産党支配下の中国との対立だけを念頭に置いたとしても、トランプ氏による同盟国の軽視姿勢は常軌を逸しているように映る。

  バイデン前政権で外交政策を担ったカート・キャンベル氏とラッシュ・ドーシ氏は、中国が戦争に直結する多くの指標で米国をすでに上回っていると指摘する。艦艇や工場、特許、人口などでだ。

  だが米国が同盟国とより緊密に協力すれば、経済力と軍事力を合わせた総合的な力は、中国をはるかに凌駕(りょうが)する。両氏はこれを「同盟の規模(allied scale)」と呼んでいる。

  現状のままでは、同盟の規模は絵に描いた餅にとどまるだろう。米国の同盟国はむしろ、国際関係論の「脅威均衡」が予測する通りの行動を取り始めている。すなわち、トランプ氏や将来の大統領による敵対姿勢に備え、米国を除外した貿易や安全保障の枠組みを構築しているのだ。

  一枚岩とは言い難い欧州連合(EU)ですら結束を強めつつある。英国とドイツ、フランスはNATOが揺らいだ場合に備え、代替となる防衛条約で協力する方向だ。

  各国はまた、米国の「核の傘」が必要な時に存在しないかもしれない世界に適応するため、核戦略の見直しについて議論を進めている。

  現在の方向が破滅につながることを理解している米国人はいる。筆者は最近、下院外交委員会の委員長を務めた経歴があるグレゴリー・ミークス議員に会った。

  トランプ氏は「米国を孤立させている」とミークス氏は言う。「リーダーであるなら、他の人々がついてくるようにする必要があるのに、彼は人々を遠ざけている。彼は同盟国をまるで敵国のように扱っている」。

  ミークス氏に、数多くの懸案の中で最も懸念していることは何かと尋ねると、同氏はしばらく考え、「私の眠りを最も妨げているのは、われわれの友好・同盟国が再び米国を信頼してくれるかどうかだ」と答えた。筆者には恐ろしいほど単純で悲しいレトリックしか浮かばない。信頼は戻らない、ということだ。

(アンドレアス・クルス氏はブルームバーグ・オピニオンのコラムニストで、米国の外交と安全保障、地政学を担当しています。以前はハンデルスブラット・グローバルの編集長を務め、エコノミスト誌に執筆していた経歴もあります。このコラムの内容は必ずしも編集部やブルームバーグ・エル・ピー、オーナーらの意見を反映するものではありません)

原題:America’s Friends Will Never Trust the US Again: Andreas Kluth (抜粋)

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