認知症リスクを下げる鍵は「歩く」こと? 脳が活性化する驚きの効果とは

伊賀瀬道也(愛媛大学医学系研究科教授、抗加齢予防医療センター長)

2025年05月03日 公開

「歩くことは健康に良い」とはよく聞きますが、最新の研究では、その効果は単なる体力維持にとどまらないことが明らかになっています。なんと、認知症リスクの軽減や、痛み・不安の解消にもつながるという報告が出ているのです。書籍『百歳まで歩ける人の習慣』より、ウォーキングが私たちの心身にもたらす驚くべき効果についてご紹介します。

※本稿は、伊賀瀬道也著『百歳まで歩ける人の習慣 脚力と血管力を強くする』(PHP新書)を一部抜粋・編集したものです。

歩くと脳が大きくなるってホント?

■軽度認知障害を放置すると認知症になりやすい

「歩くことで認知症の予防効果がある」という研究は多く行われています。たとえば、「ホノルル・アジア高齢化調査」では、高齢男性2257人(71〜93歳)を対象に、1日あたりの歩行距離を評価したのち、最長で8年程度、認知症発症の追跡が行われました(「ジャーナル・オブ・アメリカン・メディカル・アソシエーション」アメリカ医師会、2004年9月22日)。

それによれば、追跡調査中に158件の認知症の症例が特定され、年齢で調整したあとでも、歩行量が最も少ない男性(1日あたり400メートル未満)では、1日あたり3200メートル以上歩く男性と比較して、認知症のリスクが約2倍高かったという結果が明らかになっています。

また、歩くと脳が大きくなり、認知機能がよくなるというインパクトのあるデータも報告されています。

ピッツバーグ大学で行われた研究によると、55〜80歳の男女120人をランダムに二つの群に分けて、一方の群では1週間に3回、各回に40分間ウォーキングを行いました。

もう一つの群では、同じ回数、時間でストレッチを行っています。その結果、ウォーキングをした群は、海馬(大脳辺縁系にあり、新しい記憶を保持する部位)の体積が2パーセント以上増加したという結果が得られました(「ピー・エヌ・エイ・エス〈アメリカ科学アカデミー紀要〉」2011年)。

歩く能力の低下は、認知症の発症と密接な関係があるといわれています。正常と認知症の中間である「軽度認知障害(MCI)」の患者さんを放置していると、1年あたり10パーセントが認知症になるといわれています。

■歩く速度が低下すると認知症のリスクが増加する

さらに、このような人が歩行速度の低下をともなう場合、将来的に認知症の発症リスクが増加するかについて、国立長寿医療センターが2016年から縦断研究を行っています(「エクスペリメンタル・ジェロントロジー〈実験的老年学〉」2018年9月)。

この研究では、治療開始前に明らかに認知症を患っていなかった65歳以上の高齢者3937人を対象とし、研究開始時に測定した歩行速度、認知機能を評価し、「歩行速度の低下の有無」および「軽度認知障害の有無」の2項目をチェックしています。

「歩行速度の低下」は、1.0メートル/秒未満の場合として検討されました。また、医療診療情報から得られた追跡期間中の認知症の発症をアウトカム(結果)としています。

その結果、平均43カ月の追跡期間中、182人の被験者が認知症を発症したのです。認知症の発症リスクを検討した結果、歩行速度の低下も軽度認知障害も認められなかった正常群にくらべて、歩行速度の低下と軽度認知障害の両方を有する群では、認知症の発症リスクが3.33倍以上になっています。

軽度認知障害のみを有する群でも、認知症の発症リスクが1.87倍以上になるという結果でしたが、歩行速度の低下のみの群では、明らかな認知症の増加はありませんでした。つまり、軽度認知障害と評価され、歩行能力が低下している場合には、認知症のリスクを増加させることが明らかになったのです。

歩くと痛みや不安が解消される

■1日1回は外出して歩く

これまでの臨床研究から、慢性的な痛みや不安を抱える患者さんにとって、運動は実行可能で継続性が高く、効果的な治療法であることが報告されています(「インターナショナル・ジャーナル・オブ・エンバイロンメンタル・リサーチ・アンド・パブリックヘルス」2020年、MDPI)。

また、画像を用いた臨床研究では、運動することで「前帯状皮質」といわれる認知機能に関与する神経細胞が集まる部位の体積が増加することが報告されています(「フロンティアーズ・イン・エイジング・ニューロサイエンス」2018年5月4日)。運動することが前帯状皮質の拡大に関連していることを示しています。

ところで、歩くと"幸せホルモン"と呼ばれるセロトニンが増えるといわれています。ただ、その多くは動物実験で明らかになったことであり、臨床試験のデータは多くありません。メカニズムとしては、定期的な有酸素運動が前帯状皮質でのセロトニンの放出を調節していると考えられます。セロトニン受容体に作用することにより、痛みとそれに付随する不安を軽減すると考えられています。

将来的には、歩くのと同じように、脳神経への栄養効果をもたらす薬剤が特定されるだろうと思います。早くそうなってほしいですが、とにかく、体を動かせる人は、ぜひ「1日1回は外出して歩く」ことを目標に生活してくださいね。

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