200年前の人間の脳からタンパク質を抽出することに成功、神経疾患の手がかりを発見

この画像を大きなサイズで見るCredit: Graham Poulter

 英オックスフォード大学の研究者たちは、200年前の人間の脳からタンパク質を抽出し、その詳細な分析に成功した。

 脳や筋肉、胃、皮膚などの軟組織は、過去の人々の暮らしや病の痕跡を記録しているが、これまでそれらに含まれる生物学的情報を解読するのは非常に難しいとされてきた。

 今回の研究では、長らく「ブラックボックス」とされてきた脳の謎を解き明かす技術を確立し、人類の歴史に残された見えない断片を初めて引き出すことに成功した。

 この成果は、古生物学や考古学における新たな時代の幕開けを告げる可能性があると期待されている。

 この研究は『PLOS One』(2025年5月28日付)に掲載された。

 タンパク質は、DNAよりも長く情報を残す。さらにタンパク質には、その個人が実際に生きていた時の状況の痕跡が刻まれている。そのため生体情報を知るうえで有力な手がかりとなる。

 だが、過去のタンパク質研究は骨や歯などの硬組織に限られてきた。内臓のような軟組織は腐敗しやすく、保存も分析も難しかったからだ。

 しかし、オックスフォード大学の研究チームはこの常識を覆した。

 「内臓は骨よりもはるかに多くの生物学的情報を含んでいます。けれども、それらは長い間、“ブラックボックス”のように開けない存在でした」と、オックスフォード大学ナフィールド医学部の大学院生、モートン=ヘイワード氏は語る。

 今回の研究では、古代の脳に保存された情報を取り出すための、初の信頼できる技術が開発された。

この画像を大きなサイズで見る救貧院墓地に埋葬されていた成人男性の脳。表面は酸化鉄で赤く染まっている image credit: Alexandra Morton-Hayward

  最大の難関は、細胞膜を上手に壊して、タンパク質を取り出す方法だ。

 それを考案するために、研究チームはビクトリア時代 (1837年~1901年)の救貧院墓地から発掘された、約200年前の人間の脳のサンプルを用い、10種類の細胞分解手法を比較検証した。

 その結果、尿に含まれる「尿素」が細胞膜を効果的に壊し、タンパク質を抽出するのに最も適していることが明らかになった。

 こうして抽出されたタンパク質を液体クロマトグラフィー(物質の吸着力の違いを利用して混合物を分離する手法)で分離し、質量分析法にかければ、質量と電荷を手がかりにそのタンパク質の種類を調べることができる。

 くわえて「高電界非対称波形イオン移動度分光分析((FAIMS))」なる方法を組み合わせることで、調べられるタンパク質の数を最大40%増大できたことも大きい。

 モートン=ヘイワード氏は、「結局のところ、鍵となるのはいかに分離するかです」と、ニュースリリースで語っている。

 「それは、バケツいっぱいのレゴを、色・形・大きさなどで分類していくのと似ています。何かの成果をあげたいのなら、そうした整理が不可欠です」

この画像を大きなサイズで見るモートン=ヘイワード氏とホルマリン漬けの脳 image credit:Graham Poulter

 この手法を用いたことで、たった2.5mgの脳サンプルから、1,200種類以上のタンパク質を検出することに成功した。

 これは考古学的資料としては史上最大かつ最も多様な古代タンパク質の記録である。

 特定されたタンパク質の中には、神経系の健康維持に関わるものや、アルツハイマー病、多発性硬化症など現代の神経疾患に関連するものも含まれていた。

 これらの病気は骨には痕跡を残さないため、これまでの考古学的手法では完全に見落とされていた可能性がある。

 モートン=ヘイワード氏は「精神疾患や神経障害の多くは、従来の資料からは見えてきませんでした。今回の方法で、初めてそれらが可視化されたのです」と述べている。

この画像を大きなサイズで見る墓地から出土した成人男性の脳。脳は水浸しの墓から出てきた粘土で覆われている  image credit: Alexandra Morton-Hayward

 人間のタンパク質のうち、骨で確認できるのはわずか10%未満だが、内臓には全体の約75%が存在するとされる。

 今回の手法によって、これまで無視されてきた情報層が掘り起こされ、200年前の人々の生活、環境、食事、疾患、さらには進化の歴史まで、より多角的に理解することが可能になった。

 研究の上席著者であるローマン・フィッシャー教授は、「この技術によって、骨格の外にある病理の世界を調べることができるようになり、過去の人々の健康状態をより深く理解できるようになりました」と語っている。

 今回の成功によって過去の人類の理解がどれだけ進むのか想像できることだろう。人間の脳は環境次第で1万2000年も保存されるとする研究もある。

 古代の食生活・病気・環境・進化の関係などなど、これから大昔の人間や生物たちのどんな新事実が明らかになるのか、楽しみに待つことにしよう。

References: Deep palaeoproteomic profiling of archaeological human brains / New method provides the key to accessing proteins in ancient human remains

本記事は、海外の記事を基に、日本の読者向けに独自の視点で情報を再整理・編集しています。

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