やなせたかしさんも「決死」「ホームレス覚悟」だった? 『あんぱん』SPドラマで観たい、暢さん死後の「一大事業」とは
朝ドラ『あんぱん』最終週では描き切れない、暢さんの死後のやなせたかしさんの重要な取り組みとは、何だったのでしょうか。
『アンパンマン』の作者、やなせたかしさんとその妻の暢(のぶ)さんをモデルにしたNHK連続テレビ小説『あんぱん』は、130話で堂々の完結を迎えました。『あんぱん』ではその最期は描かれませんでしたが、主人公の「柳井のぶ(演:今田美桜)」のモデル、柳瀬暢さんは1993年11月22日に亡くなっています。「柳井嵩(演:北村匠海)」のモデルのやなせさんは、そこから20年後の2013年10月13日、94年の生涯を閉じました。
やなせさんは晩年も『アンパンマン』関連だけでなく多数の仕事を持っており、書籍の執筆や講演、イベントの企画、『詩とメルヘン』の編集長業務(2003年8月まで)、さらに古巣の高知新聞夕刊でのエッセイ「オイドル絵っせい」の隔週連載も、亡くなった2013年まで続けています。84歳を迎えた2003年には、作詞だけでなく作曲、歌唱も行ったオリジナルソングのCD「ノスタル爺さん」を発売しました。
1992年からやなせさんの秘書を務めていた越尾正子さん(現:株式会社やなせスタジオ代表取締役)の著書『やなせたかし先生のしっぽ: やなせ夫妻のとっておき話』(小学館)によれば、晩年のやなせさんは「若い頃は一日仕事を休むと元に戻るのに二~三日かかったが、今では一週間かかるようになった。だから休みたくない」と、正月でも仕事をしていたといいます。
そして、若い頃と同じように多彩な仕事をしていたやなせさんが、暢さんの死後に「決死の覚悟」で行ったというのが、すでに77歳になっていた1996年の「アンパンマンミュージアム」の設立です。
やなせさんは1994年4月25日、宝塚市立手塚治虫記念館の開館イベントに参加した際、「(1989年に亡くなった手塚さんが)生きているうちにこれが建っていればさぞかしうれしかったに違いない、自分は生きているうちに建てたい」(フレーベル館の自伝『人生なんて夢だけど』より)と考えたといいます。そして、「草深い田舎に墓標代わりに建てて、せめて自分の作品を残したい」と、故郷の高知県香美郡香北町(現在は高知県香美市香北町)に、アンパンマンミュージアムを作ることを思い付きました。
書籍『アンパンマン伝説』(フレーベル館)によると、やなせさんは当初、香北町に迷惑はかけられないと私財を投げ打つつもりだったそうです。同書では「家産を片づけ、アンパンマンの印税もすべて注ぎ込んで、ぼくは新宿でホームレスの覚悟だった。ほんとだよ」と綴っていました。
やなせさんとしては、自分の記念館設立は「身分不相応」で、高知県の山狭の町までたくさんの人が来るわけがないと思っていたようです。それでもやなせさんは両親の出身地で、亡き弟の千尋さんと一緒に遊んだ思い出の地の近くにミュージアムを建てることを選びました。
ただ香北町は当時、総合文化会館のような施設を作る予定があったそうでやなせさんの提案を受けて、テーマをアンパンマンや他のやなせ作品に絞った美術館を作ることにします。やなせさんは破産せずに済みました。
そして1996年7月21日、「香北町立やなせたかし記念館 アンパンマンミュージアム」(2006年4月、市町村合併に伴い「香美市立やなせたかし記念館」に改名)が開館しました。1998年8月には、やなせさんの自費で『アンパンマン』以外の詩やマンガ、イラストなどを中心に展示する「詩とメルヘン絵本館」も作られています。
やなせさんはミュージアム設立当初、町長の野島民雄さんと不安がりながら「年間10万人の来館」を目指していましたが、なんと開館からたった49日で来館10万人を達成したそうです。ミュージアム事業は大成功で、香北町議会には1996年度の決算で1億438万円の黒字が計上されました。やなせさんの強い思いが実を結んだようです。
ミュージアムへのやなせさんの力の入れ具合は相当なもので、『人生なんて夢だけど』では7月20日に前夜祭を行ったこと、朝から現地の映画館でアンパンマンの劇場版のあいさつを行った後に開館の記者会見に出たこと、結婚式形式の演出で花嫁役の女性が8人(立候補してきた方々)いたこと、そのなかでもアニメでアンパンマン役を務める戸田恵子さんがやなせさん演じる王子様に選ばれる女性役だったこと、「ばいきんまん」役の中尾隆聖さんが司会を務めていたこと、オープン初日の式典には声優陣ほか漫画家仲間のちばてつやさん、里中満智子さん、いがらしゆみこさん、歌手でもドリーミング、大和田りつこさんなど豪華なメンバーが来たことなどが語られています。
やなせさんの人生は、記念館の設立ひとつとっても非常にドラマチックです。今後『あんぱん』の続きを描くSPドラマがあれば、アンパンマンミュージアムの話が描かれるかもしれません。
(マグミクス編集部)