トランプは「世界平和推進者」なのか?高市首相の“発言”の実績を問う(Wedge(ウェッジ))

 「世界の繁栄と平和をもたらすことができるのはドナルド(トランプ)だけだ」。高市早苗首相がこう断言したのは、去る3月、ワシントンのホワイトハウスで行われた日米首脳会談でのことだった。だが、そのトランプ大統領のこれまでの実績を振り返る時、そこには多くの疑問符がつきまとう。

 高市首相が初めて訪米して行われた今回の日米首脳会談および夕食会については、外務省が即日、詳しい内容を公表した。だが、報道陣を前にした二人の冒頭のやり取りの中で、高市首相が大統領を最大級の賛辞で持ち上げた肝心の部分については、なぜか割愛されている。  しかし、発言はライブで内外に放映されており、「中東情勢含め世界が厳しい状況にあり、世界経済も困難に直面しているが、私は、世界の繁栄と平和をもたらすことができるのは、あなた、ドナルドだけだと思っている」と、大統領の顔色をうかがいながら賛辞を述べている。  これまで歴代大統領が、世界各国首脳を招きホワイトハウスで行う会談は、ほとんど例外なしに、冒頭部分だけ報道陣に公開され、そこではホストとしての大統領の歓迎のあいさつに続いて、招かれた側の外国のゲストが簡単な答礼を述べ、カメラの放列の前で握手するしきたりになってきた。  この間の簡単なやりとりは儀礼的なものとはいえ、公式発言としてホワイトハウス広報資料の中にも記録され、ニュース記事に引用されることが少なくない。  その意味で、軽いジョークを交えた二人だけの非公開の場での会話とは一線を画したものであり、それなりの重みがある。  問題は、高市首相が内外報道陣の前で披露した「世界の平和と繁栄をもたらすことができるのはトランプ大統領のみ」との個人的見解が、果たして当を射たものかどうかだ。

 そこで手始めに、トランプ大統領が1期目の4年間(2017年1月〜21年1月)に残した実績を振り返ってみる。  まず、外交面だが、「トランプ大統領一人のみ」で「世界の平和」をもたらした事例は何一つない。  むしろ、逆に、(1)環太平洋パートナーシップ(TTP)から一方的に離脱し、アジア太平洋地域での混乱を招いた(2)中国との関係では、知的財産侵害などで非難を繰り返し、関税など強硬な貿易政策で両国間の緊張を高めた(3)北大西洋条約機構(NATO)や日韓などに大幅な防衛費負担増を要求し、同盟関係を揺さぶった(4)中東では、イランとの核合意から離脱したほか、周辺諸国の反対を押し切ってエルサレムをイスラエルの首都に認定するなど、緊張要因を増幅させた(5)地球温暖化対策の国際枠組み「パリ協定」からの一方的離脱を発表したなど、独断専横の政策により、それまで比較的安定していた国際秩序をかえって揺さぶった。  もちろん、4年間を通じ、平和への模索が皆無だったわけではない。  朝鮮半島情勢をめぐっては、18年6月(シンガポール)、19年2月(ベトナム・ハノイ)に北朝鮮の金正恩総書記と直接会談し、朝鮮半島非核化問題などについて意見交換したほか、19年2月には、板門店の南北軍事境界線を越えて北朝鮮側の会議場での首脳会談に臨んだ。  しかし、具体的な成果や合意に至らず、決裂したまま、今日に至っている。しいて国際面での成果を挙げるとすれば、コソボ―セルビア間の和平合意、バーレーン、スーダン、モロッコもまじえたアラブ―イスラエル間の「関係正常化」くらいだ。  世界全体を俯瞰した場合、トランプ氏は大統領就任後、選挙公約として打ち出した「アメリカ・ファースト」主義の徹底により、それまでの幾多の国際協定、対外コミットメント見直しに乗り出し、国際平和を不安定なものにさせたといえよう。  経済面でも、国内のみか、グローバルな規模での繁栄がもたらされた4年間だったと信じる人は少ない。アメリカの国益のみを重視し、多くの国際取り決めや枠組みを犠牲にした結果、高市首相が言及した「世界経済の繁栄」はもたらされるどころか、かえって委縮した。


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 では、昨年1月スタートした2期目のトランプ政権はどうか。  今年6月までの外交政策を振り返ると、第二次世界大戦後の国際秩序根本的見直しに着手、南北アメリカを自国の権益下に置く一方、欧州諸国に対しては孤立主義的アプローチをとるなど、「モンロー主義」を模した“ドンロー主義”に彩られてきた。同戦略の下に、今年1月には、前触れなしにベネズエラに軍事侵攻、1夜にしてニコラス・マドゥロ独裁政権を転覆させた。  そして翌2月には、その余勢をかって、イスラエルとともにイランへの大規模攻撃に乗り出したが、イラン側の予想外の抵抗にあい、双方間の交戦は、「停戦合意」が成立した6月後半まで続いた。  また、トランプ大統領は一時、デンマーク領グリーンランドの統治、隣国カナダ併合への意欲を示すなど、NATOとの関係にも亀裂を生じさせた。  その結果、「世界平和」は促進されるどころか、かつてない動揺をきたしたことは、誰の目にも明らかだろう。

 まだ任期半ばとはいえ、トランプ第二次政権下では、「世界の平和」のみか、「繁栄」も大きく損なわれることになった。  その最大要因は、対イラン戦争によるもので、戦闘が長引いた結果、ホルムズ海峡経由の原油輸送が滞ったため、エネルギー・諸物価高騰が世界各国に波及、株価も低迷するなどのマイナス影響が広がった。

 まさしく“It takes two to dance”(ダンスはペアで踊るもの)という言い回しがある通り、そもそも、世界の平和や繁栄も、1国の指導者の手腕だけで達成できるものではない。どんな形であれ、相手の理解と協力、場合によっては妥協があってこそだ。一国のみの判断と行動で決着するとすれば、それはまさに独裁者だ。  かつて、ベトナム和平でノーベル賞を受賞した故ヘンリー・キッシンジャー博士も、同時受賞の対象となった北ベトナムのレ・ドク・ト政治局員の受賞辞退を受けて自らも賞の返還を申し出たことがあったが、「自分一人の功績によるものではない」と、のちの回想で語っている。  まして、グローバル化の進んだ今日、多くの当事国との協議と妥協抜きには、どんな問題であれ、解決は望めなくなっている。  高市首相は、今月半ば、米・イラン両国が戦闘終結合意にこぎつけたことをもって、「世界平和」へのトランプ大統領の具体的貢献ぶりを評価したいところだろう。実際、首相は15日、フランス東部エビアンで開幕した先進7カ国首脳会議(G7サミット)夕食会で、米イラン戦闘終結合意について、「事態終息に向けた大きな一歩だ」として米側の外交努力に敬意を表したと報じられている。  ただ、そもそも世界に混乱をまき散らした今回の両国間の戦闘は、さしたる大義もなく米側の一方的攻撃で始まったものであり、パキスタンなどの仲介努力でようやく終結にこぎつけたからといって、それを「米側の努力」と評価すること自体、的外れだ。  G7の他の首脳からは、トランプ氏に対する表立った賛辞や感謝の発言がなかったことは、むしろ当然といえよう。   しかも、今回の戦闘終結をうたった米・イラン双方による「覚書」については、いくつかの難題を棚上げしたままの”見せかけの取り決め“との見方が少なくない。  その一つ、国際的関心事となってきたイランの核問題に関して、トランプ氏は、今回の合意に際し、イランの保有する高濃縮ウランをすべて希釈し、国外撤去すると主張した。しかし結果的に、イラン側は、「合意」署名後60日間の協議で議論すると主張するなど、事実上、丸ごと先送りされた格好となっている。  また、ホルムズ海峡の今後についても、「即時開放」と述べたトランプ氏に対し、イラン側は隣国オマーンとの共同管理の意向を示しており、世界各国の石油タンカーが以前のように自由航行できるかどうかも不明だ。  特に、イランの核開発問題については、両国は昨年末まで、国連調停の下で安全管理促進のための協議を続けてきた。ところが、去る2月の米国の一方的対イラン攻撃でイラン側が態度を硬化させ、協議はとん挫したままとなっている。


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 トランプ氏の「世界平和」への貢献については、昨年5月、大統領自身が「インド・パキスタン間の武力衝突を終わらせた」ことなどを理由に、25年ノーベル平和賞受賞対象者とするよう、ノルウェー財務相に電話で働きかけたことが伝えられた。また、同年10月、東京で行われた日米首脳会談の場では、高市首相がトランプ大統領をノーベル平和賞に推薦する意向を表明した。  しかし、結果的に受賞できなかったことを受け、トランプ氏はノルウェーの首相宛に書簡を送り、「平和賞を受賞できなかったため、自分としてはもはや『平和だけを考える義務』を感じなくなった」と腹いせ紛れの不満を表明している。   いずれにしても、ノーベル平和賞選考委員会が昨年末、トランプ氏を受賞対象外とした背景には、米国大統領として国際秩序の新たな構築どころか、むしろ破壊の方にくみしてきたとの客観的認識があったことは間違いない。  さらに、高市首相が世界平和や繁栄の推進について「トランプ大統領のみができる」としたことは、これまで多年にわたり、活動を続けてきた国連はじめ多くの国際機関、非営利組織、経済団体などの地道な努力を軽視したと受け取られる恐れもある。幾多の紛争当事国関係者や各国指導者の問題解決に向けた取り組みにも、水を差すことにもなりかねない。  この点、我が国の外務省が、首相の問題発言部分について、好ましくないと判断したのか、今回日米首脳会談の内容を説明したプレスリリースの文中から削除したことは、きわめて当を射た措置だったといえよう。  ちなみに、日本側が公表した「同首脳会談冒頭発言」は以下のようになっている:   「トランプ大統領から、高市総理への支持に言及の上、高市総理につき『非常に人気があり、力強く、素晴らしい女性』と称賛し、素晴らしい評判の大国で、高市総理は、素晴らしい仕事をしている旨、述べました」  「これに対し、高市総理から、インド太平洋における安全保障が厳しさを増す中、トランプ大統領の日米同盟への揺るぎないコミットメントへの感謝を述べるとともに、日本と米国が共に強く、豊かになるための協力について議論を深めたい旨、述べました」

斎藤 彰

Wedge(ウェッジ)
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