欧州は移民問題で「地獄に落ちる」と言ったトランプ氏…むしろ米国の状況が深刻化 内戦勃発の可能性は高まる一方
トランプ大統領は9月27日、西部オレゴン州ポートランドへの派兵を指示すると表明した。国内テロリストによる攻撃から米移民・税関捜査局(ICE)施設を保護するというのがその理由だ。 南部テキサス州にあるICEの収容施設で同月24日、銃撃事件が発生した。国土安全保障省(DHS)によれば、当局の職員に負傷者は出なかったが、収容者1人が死亡し、2人が負傷した。連邦捜査局(FBI)は、自殺した容疑者の近くで見つかった銃器の薬きょうに反ICEのメッセージがあったことを明らかにしている。 ポートランドへの派兵決定は、テキサス州の事案を踏まえての措置だ。だが、ポートランドの地元当局は「暴動は起きていないし、国家安全保障に対する脅威もない」と猛反発し、トランプ政権を提訴した。
トランプ氏はICEへの暴力は過激左派の民主党員が法執行機関を悪魔のように扱ってきた結果だと主張しているが、ICE側の対応にも大きな問題がある。 DHSは9月25日までに、日本の人気アニメ「ポケットモンスター」の映像を使い、不法移民の摘発をポケモン獲得になぞらえる動画をX(旧ツイッター)に投稿した。これに対し、トランプ政権が進める強硬な不法移民対策に反発する人権団体などは「拘束された人々も人間だ」と非難している。 ICE職員の行動にも目に余るものがある。ICEは同月26日、女性を壁に押しつけた後、床に押し倒した係官を解任する決定を下した。 FBI元高官はICEが法執行のやり方を改めない限り、過激左派の攻撃はやむことはないのではないかと危機感を露わにしている。 トランプ氏は同月23日の国連総会の演説で、欧州は移民問題で地獄に落ちると揶揄した。だが、むしろ米国の事態が深刻化する可能性が排除できなくなっているのだ。
米国では1960年代にも、公民権運動やベトナム戦争といった論点を巡って政治の二極化が生じた。だが、専門家は「(2020年代の二極化は)これをクリアすれば二極化が解決できるという具体的な論点がない」と指摘している。 「暴力の大半は左派から生まれる」というトランプ氏の主張も、的はずれではないようだ。9月22日付のウォールストリート・ジャーナルは、「米国では過去数十年間、右翼過激派やジハード(聖戦)主義者が国内テロの中心だったが、最近、明らかに左派的見解を持つ人物などの犯行が増えている」と報じた。 トランプ政権の独裁化が進む中、非暴力的手段では権力が取り戻せないと絶望した民主党支持者から過激分子が現れているということなのだろう。 今の米国は暴力的ポピュリズムの時代を迎えており、右派と左派の両方による政治的暴力がますます激化するのではないかと不安が頭をよぎる。 『アメリカは内戦に向かうのか』(東洋経済新報社)の著者で、カリフォルニア大学サンディエゴ校政治学教授のバーバラ・F・ウォルター氏は、「米国で内戦が起きる可能性はさらに高まっている」との認識を示している。ウォルター氏が想定する21世紀の内戦は、19世紀半ばに起きた正規軍の衝突ではなく、テロが全米各地で頻発し、米国のカントリーリスクが著しく悪化する状況だ。
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状況の悪化は米国内にとどまらない。 米国務省は9月26日、南米コロンビアのペトロ大統領の入国査証(ビザ)を取り消すと発表した。国連総会に出席するためにニューヨークを訪れていたペトロ氏は同日、国連本部前で「米軍の兵士たちよ、トランプ氏の命令に従うな」と群衆に呼びかけていた。ペトロ氏は以前から、移民や麻薬密輸の問題でトランプ政権と対立していた。 トランプ政権はこのところ、カリブ海での麻薬密輸の取締りに躍起になっている。同月15日にベネズエラを「麻薬対策失敗国(過去1年間で麻薬対策協定の遵守に明らかに失敗した国)」に指定するやいなや、米軍による麻薬対策作戦を開始した。軍艦8隻と潜水艦1隻をカリブ海に派遣し、ベネズエラの麻薬密輸船とみられる少なくとも3隻を撃沈し、十数人を殺害している。 トランプ政権がベネズエラのマドゥロ大統領からの対話の呼びかけを拒否し、ベネズエラ国内の麻薬密輸組織を標的とした米軍の作戦を検討しているとの報道がある。トランプ氏はマドゥロ氏を“麻薬カルテルの首領”として糾弾しており、ベネズエラでレジーム・チェンジが起きる可能性すら出ている。
ベネズエラと並んで「麻薬対策失敗国」に指定されたコロンビアも、米軍による攻撃が始まるのは時間の問題かもしれない。 思い起こせば1990年、米軍は中米パナマの最高実力者ノリエガ将軍を麻薬密輸容疑で拘束し、現地から米国に身柄を移送した。米国は35年ぶりに、ベネズエラとコロンビアに対して同様の強硬手段に打って出るのだろうか。 20世紀初頭、トランプ氏が尊敬するとされるセオドア・ルーズベルト大統領は、モンロー主義(米国が西半球で支配権を獲得しようとする外交理念)を拡大し、中南米諸国への武力侵攻を正当化する「棍棒外交」を展開した。だが、これを21世紀に再現しようとすれば、国際社会から反発を受けるのは必至だ。 このように、米国の内外の状況は一触即発だと言っても過言でない。悩める超大国の今後の動向について最大の関心を持って注視すべきだ。
藤和彦 経済産業研究所コンサルティングフェロー。経歴は1960年名古屋生まれ、1984年通商産業省(現・経済産業省)入省、2003年から内閣官房に出向(内閣情報調査室内閣情報分析官)。 デイリー新潮編集部
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