セレブが乗った客船を安全に海に沈める 「船の葬儀屋」に会ってきた

2025年2月27日の夕暮れ時、米アラバマ州モービルに向かって、米フロリダ州キーウェスト沖を曳航されていくユナイテッド・ステーツ号。(Photograph by Rob O'Neal, The Key West Citizen/ AP Photo)

[画像のクリックで拡大表示]

 北大西洋横断定期客船「ユナイテッド・ステーツ号」の奥深く、かつて大統領のジョン・F・ケネディや俳優のエリザベス・テイラーといった華やかな人々が行き来していた一等客室ロビーから7層ほど下に120基の燃料タンクがある。54歳の元海軍兵士であるティム・マレーン氏は、このうちのひとつに入り込み、油にまみれた高さ約9メートルの壁を見上げている。白い作業服とゴム長靴を身につけ、高圧洗浄機のトリガーを引いて汚れを吹き飛ばした。(参考記事:「カナダ北極圏『幻の航路』横断へ、豪華客船では初」

 マレーン氏の生業は「船を沈めること」であり、今は最大級の客船であるユナイテッド・ステーツ号を、米フロリダ州オカルーサ郡沖の海底に沈める作業に取り組んでいる。ユナイテッド・ステーツ号は、世界最大の人工魚礁(ぎょしょう)として生まれ変わる。(参考記事:「沈没した船の物語」

 マレーン氏が現在、30人のクルーとともに進めている6カ月間のプロジェクトでは、この船から有害な物質がすべて取り除かれ、内部に海水を注入するための準備が整えられる。すべての作業は、運命の日がやってきたとき、船がまっすぐに沈み、無害かつ完全な形で海底に到達するために行われる。「われわれは、この船を最後の安息の地に送り出す"船の葬儀屋"なのです」(マレーン氏)。

 マレーン氏の仕事は、船を沈めると同時に、漁礁を作ることでもある。海底に人工魚礁を設置することを生業とする人々は、米国に十数名ほどしか存在しない。老朽化した船を新しい漁礁に生まれ変わらせるというビジネスが登場したのは、1980~90年代、第2次世界大戦の軍艦の多くがお役御免となり、沈没処理された時期のことだ。

 米国では、船が沈められるのは主に東海岸とメキシコ湾岸の海域に集中している。郡や州がダイビングを売りにした観光産業に力を入れてきたためだ。

 人工魚礁によって多くのダイバーが集まるようになり、海辺の街の経済が活性化する。だからこそ、オカルーサ郡はS.S.ユナイテッド・ステーツ保存協会に100万ドルを支払い、フィラデルフィアの埠頭に30年近くにわたって係留され、錆びるに任されていたユナイテッド・ステーツ号を買い取ったのだ。

 2014年に妻のコリーン・オマリー氏とともに米コリーン・マリン社を立ち上げたマレーン氏にとって、船は常に生活の一部だった。海軍で4年を過ごしたあと、氏は船の解体業界に入り、廃船を切断してパーツとして売り、残りを溶かして処理する仕事に携わっていた。

次ページ:米環境保護局などが検査

関連記事: