安達優季容疑者は「ネグレクト家庭で育った」 母は祖母に安達容疑者を託し、姿を消し… 「脚の悪いおばあちゃんの面倒を見る優しい子だった」
容疑者が高校を卒業するまでを過ごした、京都市内の市営住宅の住民が明かす。 「優季には5歳上の兄がいて、はじめは母方の祖父母と4人暮らしやった。兄と優季は、お母さんは一緒やで。でも、お父さんはちがう。それはハッキリおばあちゃんが言うてたから。兄は一歳ぐらいのときに、母親がおばあちゃんのところに預けに来た」 母は祖母に子を託すと、すぐさま姿を消した。 「その母親はどこかへ行ったと思ったら、4年後に、別の男との間にできた優季をおばあちゃんに預けて、また出て行ってしまったんよ。たしか生後2~3カ月やったと思う」
別の近隣住民があとを継いで言う。 「優季はやさしくて、えらいおばあちゃん思いでな。小学校時代だけやない、中学に入ってからも、脚の悪いおばあちゃんの車いすを押して、買い物や病院に一緒に行っていた。おばあちゃんの体調が悪くなったと連絡があれば、学校を早退して、家に飛んで帰ってまで面倒を見てたんや」 信じがたいほどに健気だが、実際、家庭の内実は異様そのもので、 「母親が子育てに関わったのは、小学校の入学手続きのみで、学校行事に参加していたのは祖父母。両親は完全な育児放棄でした。収入源は、祖父母の年金や公的な補助金。祖父母はまったくお金を入れない母親への怒りを漏らしていたといいます」(社会部デスク) 不幸な生い立ちは決して免罪符とはならないが、同種の悲劇を繰り返さぬためには、ネグレクトなどが与えた影響など、容疑者の心理の解明は今後不可欠となるだろう。 4月23日発売の週刊新潮では、容疑者をめぐる複雑な家庭環境、最初の妻との結婚、離婚の経緯などについて詳しく報じる。 さらに、後編【育ての親だった祖母を亡くし、幼少期を支え合った兄とは「絶縁状態」 安達容疑者の凄絶な生い立ちとは】では、容疑者の生い立ちについて、より詳しく報じる。
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