クリトリスは「快感」だけじゃなく「痛み止めスイッチ」かもしれない(ナゾロジー)|dメニューニュース
フランスのルーアン大学病院(CHUルーアン)で行われた研究によって、妊婦が自分でクリトリス周辺に振動装置を使った刺激を与えたところ記録された痛み304件のうち262件(約86%)で「痛みが楽になった」ことが報告されました。
また痛みを10段階で自己評価した平均も5.35点から2.63点と大きく下がったことも報告されました。
クリトリス(陰核)は「快感」だけでなく、痛みを和らげる“別ルート”にもなり得るのでしょうか?
研究内容の詳細は2025年12月9日に『PLOS ONE』にて発表されました。
- 昔からあった「鎮痛の手がかり」を拾い直す
- クリトリスへの振動で痛みを緩和できたのか?
昔からあった「鎮痛の手がかり」を拾い直す
昔からあった「鎮痛の手がかり」を拾い直す / 図は「振動器具をどこに当てるのが狙いなのか」を示す“位置の地図”です。/Credit:Potential analgesic function of the clitoris in pregnant women: A feasibility study一般に「快感のための器官」とされてきたクリトリス。
しかし本当に快楽だけのためにあるのでしょうか?
たとえば女性のオーガズム(絶頂)は生殖に必須ではありませんが、もし役に立たないのであれば進化の中で消えていてもおかしくありません。
実際、出産時に自ら刺激を行う女性もいると報告されています。
1980年代には、女性の性器刺激によって痛みの感じ方が弱まる(痛みの検知や我慢のしきい値が上がる)ことが示されており、快感の器官に痛みを制御する役割がある可能性が指摘されていました。
また先行研究では、性行に伴う痛みを軽減するために、クリトリスに対する刺激の有効性が示されました。
さらに神経科学の分野では、快感と痛みの神経回路には共通点があるという研究結果も出ています。
クリトリスは解剖学的に膣や尿道とも近くにつながり、女性の生殖器の入口に位置する構造です。
そのため一部の研究者は「クリトリスには痛みを和らげる役割が隠れているのではないか?」と考えるようになりました。
特に妊娠中の女性は、腰痛や陣痛などさまざまな痛みに悩まされます。
しかし、お腹の赤ちゃんへの影響もあり、強い鎮痛薬を気軽に使うことはできません。
そこで頼りになるのが呼吸法やマッサージといった非薬物的な対処法(薬を使わない方法)ですが、それだけでは不十分なこともあります。
もし痛みを感じたときに自分の体から「痛み止め物質」を引き出す別ルートがあれば、まるで裏ワザのようで心強いでしょう。
そこで今回、フランス・ルーアン大学病院の産婦人科医マノン・ベストー=ブレテズ氏らは、クリトリスの“鎮痛機能”に注目した前例のない実施可能性を確かめる実験を行いました。
妊娠中の女性が自分の手で外部からクリトリス周辺に振動刺激を与え、痛みが和らぐかを見ようとしたのです。
クリトリスへの振動で痛みを緩和できたのか?
クリトリスへの振動で痛みを緩和できたのか? / 上のグラフは振動器具を使用した妊婦たちの使用状況です。グラフからは期間内に11〜35回使用した妊婦が10人もいたことがわかり活発な使用状況がわかります。また下側は振動器具を受け入れた人々の全試行回数のうち、痛みが緩和したケースが262件(86.18%)に達したことが示されています/Credit:Potential analgesic function of the clitoris in pregnant women: A feasibility study研究では2020〜2023年にかけて、妊婦32人が対象となりました。
彼女たちは、痛みを感じたタイミングで衣服の上から下腹部(クリトリスの懸垂靱帯付近)に専用の小型振動器具を当てるよう指導されます。
実験で使われた振動器具は、安全基準を満たしたシンプルな振動器具で、つまみで強さを調整できると説明されています。
(※実際の振動器具の外観は論文でも紹介されています。研究の再現性確認には補足資料の画像から読み取れるArt. Nr.(商品番号):0578061 0000、EAN(バーコード番号):4024144582488などの情報を参照してください)
その結果、参加者たちは期間中に合計304回の痛みエピソードでデバイスを使用し、そのうち262回(86.18%)で「痛みが楽になった」と記録しました。
また痛みの強さを0〜10で自己評価してもらったところ、デバイス使用前の平均5.35が使用後には2.63まで低下し、平均で2.72ポイントの改善が見られています。
もちろん個人差はありますが、多くの妊婦さんにとってクリトリス刺激は痛みを和らげる“頼れる味方”になったようです。
実際、10人の女性は参加期間中に11〜35回と非常に頻繁にデバイスを使用し、ある患者は病院へ向かう車内や待合室でも使用したことが記されています。
研究チームは、小規模な予備研究ながら「楽になった」という報告が一貫して集まったため、さらに詳しい研究を進める価値があると述べています。
もし今後、効果や仕組みが確かめられれば、これは多くの女性にとって新しい痛み対策になるかもしれません。
出産や月経痛、子宮内膜症など、痛みが長引く場面で、女性自身が薬を使わずに和らげる別ルートが広がる可能性もあります。
一方で今回の結果で「鎮痛=クリトリス」と結び付けるのは早計です。
今回の研究は比較的小規模であるため、本格的な結論を得るには、より大規模な研究が必要だからです。
また文化的なタブーや医療現場での理解など、乗り越える課題も残っています。
それでも、本研究は「クリトリス=快感専用」という思い込みを科学的に問い直す一歩であり、大きな意義があります。
今後デバイスの改良が進み、出産の現場でも使いやすい医療用の器具として整っていけば、医療従事者も含めた社会全体の受け止め方も変わっていく可能性があります。
もしかしたら未来の世界では、分娩室で産婦自身が「痛み止めスイッチ」を押して痛みを乗り越える光景が当たり前になっているかもしれません。
元論文
Potential analgesic function of the clitoris in pregnant women: A feasibility studyhttps://doi.org/10.1371/journal.pone.0333112
ライター
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。
編集者
ナゾロジー 編集部