ロシアがNATO侵攻したらどうなる、初年度で世界に1.5兆ドル損失
プーチン・ロシア大統領の軍備増強で、欧州諸国は数年前ならほとんど考えられなかった脅威に直面している。それは、ロシアとの戦争の可能性だ。
ロシアは弾薬やドローン(無人機)、ミサイルを急ピッチで生産し続け、ウクライナでの戦争に必要な量すら間もなく上回る。一方で、ロシアと近い関係にあるイランを米国とイスラエルが攻撃し、世界はますます不安定化した。プーチン氏の発言も強硬さを増している。
オランダのハーグで行われた北大西洋条約機構(NATO)首脳会議では、NATOの相互防衛に対する米国のコミットメントが再確認された。トランプ政権当局者もこれまで、1センチであろうともNATOの領域を守る意向を繰り返し示している。
しかし、トランプ米大統領が何を言おうが、その約束をうのみにできるとは欧州首脳は考えていない。カナダで今月開かれた主要7カ国(G7)首脳会議でトランプ氏は、ロシアをG7から外したのは誤りだったと述べ、ロシア寄りと受け取れる発言をしていた。
NATO領内での戦争の可能性は依然として低い。今のところロシアにその能力がなく、二正面での戦争は恐らく望まないだろうからだ。だが、ロシアの軍幹部や高官の一部は、帝国復活を目指す野心はウクライナで終わらないと公言しており、プーチン氏自身も先週、少なくともウクライナ全土はロシアのものだと主張した。
プーチン氏はサンクトペテルブルク国際経済フォーラムで、「ロシア人とウクライナ人は一つの民族だと自分は考えている。この意味で、ウクライナ全土はわれわれのものだ」と述べ、「ロシア兵が足を踏み入れるところは全てロシアのもの、ということわざというか寓話(ぐうわ)がある」と続けた。
ルッテNATO事務総長は、ロシアは5年以内にNATO攻撃を考えられるような態勢が整う可能性があると示唆した。同様の判断は、ドイツのメルツ首相やいくつかの欧州情報機関も示していた。こうした危機感にトランプ氏の圧力も加わり、NATO加盟国は防衛支出を過去数十年で最高の水準に引き上げるよう迫られている。
デンマークの分析によると、ロシアは6カ月以内に隣国との局地戦に踏み切り、2年以内に1つかそれ以上のNATO加盟国にとって確実な脅威になる恐れがある。
こうしたシナリオでは、NATOの北東端に位置するエストニアとラトビア、リトアニアで衝突が起きる可能性が最も高そうだ。バルト3国は欧州経済のわずかな一部でしかないが、戦略的には重要な地位を占める。
NATO加盟国のうち、かつてソ連の支配下にあったのはこの3国だけで、いずれも国内に少なくない数のロシア人人口を抱えていることから、プーチン氏のゆがんだ歴史の妄想の中では特別な場所だ。3国はロシアに加え、その衛星国であるベラルーシとも長い国境を接している。攻撃を受ければ、ロシアに対して同盟国を守るという米国の意思がまず試されることになる。この約束こそが、西側軍事同盟の根幹を成す。
ロシアが3国に戦争を仕掛ければ、初期段階ですら多くの人が命を失い、大量の避難民が発生するだろう。経済的にも甚大な被害が予想される。
ブルームバーグ・エコノミクス(BE)の試算によると、戦闘地域での破壊による直接的な費用、ロシアの供給が止まることによるエネルギー価格の上昇、金融市場の急落などで戦争初年度に1兆5000億ドル(約218兆円)の経済損失が発生し、世界の合計国内総生産(GDP)は1.3%押し下げられる。これはロシアによるウクライナ全面侵攻の衝撃とほぼ同じ程度だ。戦争が3国以外の欧州諸国にも拡大すれば、経済損失ははるかにもっと膨らむ。
この記事はBEのモデル分析および、匿名を条件に率直な見解や非公表の状況評価を語った政府高官へのインタビューに基づいている。
ロシアの脅威が続いていることを踏まえ、バルト3国はいずれも防衛強化のため地雷禁止に関する国際条約からの脱退を手続き中だ。NATO加盟国は同地域への防空強化を計画している。
欧州各国は有権者に大規模な防衛費増額の受け入れを説得しようとしているが、それを正当化できるのはロシアの侵略に対する不安だけだろう。実際、ロシアはポーランドとリトアニアに挟まれた飛び地、カリーニングラードの核兵器基地を近代化し、NATOと接する北西部の国境沿いに基地や軍事インフラを追加している。
侵攻はどう展開するのか
侵攻は何らかの偽装工作またはハイブリッド攻撃により始まる可能性がある。リトアニアの首都ビリニュスには止まらずにモスクワとカリーニングラードを結ぶ列車は、そのきっかけとなり得る。リトアニア警察は今月、領内を通過する走行中の列車から飛び降りたロシア人がいたとして捜索している。
リトアニアのランズベルギス元外相は、ロシアは最初の一手としてモスクワ-カリーニングラード間の列車をリトアニア領内で停車させるための口実をねつ造すると予想。その上で、車内に残されたロシア人乗客を保護するためだと偽って軍を派遣し、実質的にリトアニアを侵攻するとの見方を示した。
エストニアとラトビアにも攻撃を開始するとともに、海軍を展開してバルト海を制圧し、リトアニアとポーランドを結ぶスバウキ回廊を遮断してバルト3国を孤立させようとする可能性がある。
バルト3国はNATO第5条(集団自衛)を発動し、ロシアおよび、恐らくベラルーシに対して反撃するだろう。NATOとして対応できない場合でも、少なくとも戦闘地域に近い国々は欧州の存亡が問われる脅威と捉え、ロシアの次の標的に自らがなり得るとの懸念から、侵攻するロシア軍への攻撃やバルト3国への支援を実施する公算が大きい。
これに対してロシアは欧州の軍事拠点や重要インフラ、欧州主要都市を攻撃すると考えられる。
これによりおびただしい数の死傷者が生まれるだろう。主要な港は閉鎖され、バルト海の交易は停止する。金融市場は急落する。海底ケーブルやエネルギーインフラなどを破壊するハイブリッド作戦も行われる可能性が高い。
ロシアは真の意図を隠して交渉に応じるかのようなそぶりを見せ、トランプ氏は行動をためらうかもしれない。同盟国が求める断固たる対応をとるのではなく、ソーシャルメディアに「戦争ではなく平和を」、「欧州はプーチン氏と話し合うべきだ」などとトランプ氏が投稿する展開も想像できる。
ホワイトハウスはこの記事に関するコメントの要請に応じなかった。
トランプ氏は今月、プーチン氏は友人で、ウクライナと合意を結ぶ可能性が高いとの認識をG7首脳に対して示し、対ロシア制裁の強化を求めるG7他国の呼び掛けに応じなかった。
ロシアによる核の脅しが、米国や西欧の一部の国の動きを鈍らせる恐れもある。ただ、東欧やバルト3国ではそのようなプーチン氏の脅しに慣れているため、そのような威嚇には反応薄だろうと一部の欧州当局者は主張する。それでもなお、核によるエスカレーションへの懸念から、欧州の核保有国によるロシアへの直接攻撃はおそらく限定されるだろう。
世界経済へのコスト
BEは複数のモデルを活用し、戦闘地域で失われた生産、欧州のサプライチェーンへの影響、ロシアの石油・ガス輸出の減少、欧州市場のクレジットスプレッド拡大、欧州の防衛費増加、世界的な不確実性の高まりなどの要因を試算し、戦争初年度の経済損失を予測した。
バルト3国ではウクライナが被ったのとほぼ同じく、戦争初年度にGDPが43%縮小する見込み。フィンランドやスウェーデン、ポーランド、ドイツなど戦争に巻き込まれる他の欧州諸国も、バルト3国ほどではないもののやはり大きな打撃を受けそうだ。欧州連合(EU)全体では防衛費の増加がエネルギーコストの上昇や市場の混乱、インフラ破壊の影響をある程度緩和するが、GDPは1.2%減少し、債務はより急激な増加軌道に乗る。
ロシア経済は1%押し下げられるが、既存の制裁により外的圧力にある程度の耐性ができており、防衛費の増大で見かけ上の経済は健全であるため、打撃は比較的軽微だ。前線から離れている英国は、GDPへの打撃はわずか0.2%となる。市場の混乱で米国のGDPは約0.7%、中国は金融環境のひっ迫とエネルギー価格上昇で約0.8%それぞれ減少する。
米国が速やかに対応しない場合、ロシアは欧州の都市にミサイル攻撃を仕掛け、さらなる資源を戦争につぎ込むだろう。戦争はエスカレートし、戦火がバルト3国以外に拡大する公算が大きい。
欧州の情報機関の分析によれば、プーチン氏が既にNATO領内に戦争を拡大する計画を策定した兆しはない。だが、ロシアは軍の再編を進め、西側をはるかに上回るペースで兵器備蓄を積み上げている。
ルッテ氏は今月、ロシアはNATO加盟国合計の4倍の速さでの兵器を生産していると警告した。
原題:Putin Going to War With NATO Would Cost World $1.5 Trillion (1)(抜粋)