コラム:高市トレードの本質、円安・インフレ・株価の高進が意味するもの=佐々木融氏

 日本維新の会が自民党と連立を組むことで、高市早苗自民党総裁が明日の臨時国会で首相に選出される可能性が高まってきた。市場では週明けから再び「高市トレード」が活発化し、「円安・株高」の流れが始まっており、日経平均株価は終値で初の4万9000円台に上昇した。佐々木融氏のコラム。写真は2016年7月撮影(2025年 ロイター/Toru Hanai)

[東京 20日] - 日本維新の会が自民党と連立を組むことで、高市早苗自民党総裁が明日の臨時国会で首相に選出される可能性が高まってきた。市場では週明けから再び「高市トレード」が活発化し、「円安・株高」の流れが始まっており、日経平均株価は終値で初の4万9000円台に上昇した。

高市政権下ではまず、ガソリンと軽油の旧暫定税率廃止が今回の臨時国会で決まることが予想される。法改正が実現するまでの間、高市氏は当面は補助金を増やして価格を引き下げることを考えている。これに加え、「年収の壁」の引き上げにより国民の可処分所得が増えることになる。また、「給付付き税額控除」の制度設計にも着手するとしている。さらには、実現するかどうかは分からないが、維新は食品について消費税を2年間ゼロにすることを提案している。

こうした積極的な財政政策の是非はともかくとしても、これらは基本的に需要を増やす結果となり、インフレ率を押し上げることになる。高市氏も指摘している通り、日本のインフレ率が高止まりしているのは需要の強さからくるインフレ(ディマンドプル)ではなく、供給サイドの制約からくるインフレ(コストプッシュ)である。円安で食品やエネルギーなどの価格が上昇したり、人手不足が深刻化したりする中、企業が賃金を引き上げて人材を確保する必要性に迫られ、その結果自社製品やサービスの価格を引き上げざるを得なくなっている。これらの要因が日本のインフレ率を押し上げているのは事実だが、だからといって需要を増やせば単純にインフレ率はさらに高くなる。

実際に必要なのは、供給サイドの問題を解決するための政策であり、その観点からは「年収の壁」引き上げは人手不足を緩和するのに役立つかもしれないが、それ以外は需要を押し上げるだけになってしまう。もちろん高市氏も、エネルギー対策や労働時間規制の緩和などにも言及しているが、需要増の方が先に来てしまいそうだ。

そして、本来供給サイドからくるインフレ要因としてかなり重要な円安については、金融政策の主導権を政府が握るような素振りを見せていることにより、悪化させてしまう可能性が強まっている。高市氏は自民党総裁選後の記者会見でも日銀法第4条に言及し、「経済政策に関して政府と日銀が足並みを揃えなければならない」という点を強調した。第3条には「日銀の自主性は尊重されなければならない」とも記されているが、高市氏は「金融政策に責任を持たなければいけないのは政府で、日銀は手段を考える」と語っている。もちろん、コストプッシュインフレの対応のために利上げをしても効果はないが、日本のインフレ率は3%前後での推移が続いており、そうした中で政策金利が0.5%で維持されれば、実質金利が大幅なマイナス状態が続き円安が進むことになる。インフレを抑制するために利上げをすべきという状況ではなく、このままの金利を維持すると、インフレ率は高止まるか、さらに上昇する可能性がある。

維新が目先注力する政策は「衆議院議員の定数削減」、「社会保険料引き下げなどの社会保障改革」、「副首都構想などの統治機構改革」などで、もちろん、それぞれは重要な政策であるが、金融政策に対する主張は目立たない。

年初から海外勢、特に長期的な視点で投資をする投資家による円買いが円高の流れを支えてきた。短期的な取引をする投資家も含めて、円ロングポジションは4月頃には歴史的に類を見ないほどの水準まで膨らんでいた。こうした海外勢の円買いの動きの背景には、トランプ米政権からのプレッシャーなどもあって日銀が早期かつ積極的な利上げを行うという期待があった。その目論見は崩れてきているが、グローバルカストディバンクのデータなどによると、長期的な投資家の円ロングポジションは依然として残っており、今後こうした投資家による円売り戻しの動きも続くと考えられる。

積極的な財政政策と緩和的な金融政策のセットは通貨価値を下落させ、より一層円安・インフレが進みやすくなる。円安とインフレは株価を押し上げることにも寄与する。株価は名目値であり、インフレで企業の売り上げ・利益の数字が大きくなれば、株価という数字も大きくなる。過去5年程度の主要国、主要新興国の株価をみると、圧倒的に大きく上昇しているのはトルコやアルゼンチンの株価指数だ。つまりインフレが株価を押し上げている。日本企業は海外での収益も大きいため、円安になれば単純に海外であげた利益の円建ての数字が大きくなる。株価は名目値、つまり通貨価値が下落すれば上昇すると考えれば、極端なことを言えば、日経平均株価は基本的にどこまでも上昇する可能性がある。トルコのイスタンブール100指数は過去5年で10倍以上になっている。

円安とインフレは税収の名目値も膨らませることになるため、高市氏の主張する「政府債務残高の対国内総生産(GDP)比を引き下げる」ことにも繋がる。昔からよく言われていたように、極端に膨らんだ政府債務削減にはインフレが特効薬となる。インフレになれば本来国債が売られ、長期金利が上昇するはずだが、「金融政策に責任を持つ」政府が、どこかの時点で日銀に国債買い入れ額の増額を強いて、またイールドカーブ・コントロール(長短金利操作、YCC)政策が復活するかもしれない。市場は恐らくその可能性を見ているから、国債のイールドカーブは控えめなスティープ化程度で止まっているのだろう。

編集:宗えりか

*本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています。

*佐々木融氏は、ふくおかフィナンシャルグループのチーフ・ストラテジスト。1992年上智大学卒業後、日本銀行入行。調査統計局、国際局為替課、ニューヨーク事務所などを経て、2003年4月にJPモルガン・チェース銀行に入行。2010年にマネージングディレクター就任、2015年から2023年11月まで同行市場調査本部長。23年12月から現職。著書に「弱い日本の強い円」、「ビッグマックと弱い円ができるまで」など。

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