なぜ肥満の人に「食べる量を減らして運動を増やせ」とアドバイスしても失敗するのか?肥満危機にどう対処するべきなのか?
肥満の人に向けられるアドバイスとして最も多いのが、「もっと食べる量を減らして、運動を増やしてください」というものです。しかし、こうしたアドバイスは多くの人にとって効果がないだけでなく有害な可能性もあると、イギリスのシェフィールド大学で栄養学上級講師を務めるルーシー・ニールド氏らが解説しています。
Obesity care: why “eat less, move more” advice is failing
https://theconversation.com/obesity-care-why-eat-less-move-more-advice-is-failing-254628ニールド氏らは「肥満は意志力だけの問題ではありません。複雑で慢性的な再発性の病気であり、イングランドでは成人の約26.5%、子どもの約22.1%が肥満の影響を受けています」と指摘しています。 また、イギリス全体では肥満によって、年間1260億ポンド(約18兆6000億円)の損失が発生しているとのこと。損失の内訳は、生活の質の低下と早期死亡による損失が714億ポンド(約10兆5000億円)、国民保健サービス(NHS)が拠出する治療費が126億ポンド(約1兆9000億円)、失業による損失が121億ポンド(約1兆8000億円)、非公式の治療による損失が105億ポンド(約1兆5000億円)となっています。
食品活動家や健康専門家は、清涼飲料水などに課す砂糖税の対象製品を拡大することや、ジャンクフードの広告を規制すること、工業的に作られた超加工食品の成分変更を義務づけることなどを求めています。
政府の委託を受けて作成された独立報告書「National Food Strategy(国家食糧戦略)」の著者であるヘンリー・ディンブルビー氏は、「私たちは国民を害し、国家を破産させるような食糧システムを作り出してしまったのです」と述べました。
政府が抜本的な政策変更を行わない場合、イギリス全体における肥満のコストは2035年までに年間1500億ポンド(約22兆1000億円)に達すると予測されています。それにもかかわらず、イギリスの政策の多くは肥満における個人の責任を強調するものであり、全体像を無視した政策が継続されているとのこと。近年の研究では、肥満はさまざまな要因が絡み合ったものであることがわかっています。その要因は遺伝や幼少期の経験、文化的規範、経済的な不利、メンタルヘルス、精神疾患、職業など多岐にわたり、個人の意識や行動改善で簡単に変えられるものではないとのこと。 ニールド氏らは、特に先進国に生きる現代人が生きる環境は、「肥満を誘発する環境」であると指摘しています。肥満を誘発する環境とは、高カロリーで栄養価の低い食品がどこでも安価に手に入り、車中心の都市からスクリーンに支配された余暇時間まで、日常生活から身体活動が排除されている世界です。 こうした環境はすべての人に等しく影響を及ぼすわけではありません。恵まれない地域に住む人は、安価で栄養価の高い食品へのアクセスが限られており、公共交通機関で遠くの店舗に行くのも難しく、運動できるような緑地も少ないなど、肥満を助長する環境にさらされています。ニールド氏らは、「このような状況では、体重増加は異常な環境に対する正常な生物学的反応となります」と主張しました。 肥満にはこれらの体系的な要因があるという認識が高まる一方、依然としてイギリスの肥満対策の多くは個人の行動変容に重点を置いています。確かに、カロリー制限や定期的な運動は減量にとって重要ですが、こればかりに焦点を絞ると「肥満は個人の努力不足だ」という危険な言説が広まり、社会的な偏見を強化してしまうとのこと。
ニールド氏らは肥満の適切な対策として、以下の4点を挙げています。
◆1:肥満は慢性疾患だと認識する
意志力がないから肥満になってしまうのではなく、肥満は再発を繰り返す病気であると認識することが重要です。短期的な解決策や急激なダイエットで治療するのではなく、糖尿病やうつ病と同様に体系的で継続的なサポートが必要です。◆2:体重に対する偏見に対処する
体重に基づく差別は学校や職場、さらには医療現場にまでまん延しているとのこと。ニールド氏らは、「偏見を減らして包括的なケアを推進し、人間中心で偏見のない言葉遣いを実践するための専門家研修が必要です」と述べました。◆3:個別化された多面的な支援を提供する
肥満の要因にはさまざまなものが存在するため、治療計画は患者の文化的背景や心理状態、社会的状況など各人の生活に合わせて調整されるべきです。これには医療者と患者が共同で意思決定することや、定期的なフォローアップ、そして総合的なメンタルヘルス支援が含まれます。◆4:人ではなく環境の変化に焦点を当てる
ある人が肥満になってしまうかどうかは環境によるところも大きいため、肥満対策では健康的な選択を困難にしているシステムや構造に焦点を当てる必要があります。ニールド氏らは、「つまり手頃な価格で栄養価の高い食品への投資、運動へのアクセスの改善、根源的な不平等に対する取り組み」が重要だと主張しました。・関連記事 「人が住んでいる環境が肥満に影響している」と主張する研究者が住環境の健康度を示す指数を考案 - GIGAZINE
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