週3日の塾通いに子どもが「ぼくの時間は戻ってこない」と涙の訴え なぜ日本の小中学生は塾に通うのか 親心のゆくえ
日本の義務教育は、OECD(経済協力開発機構)によると世界トップレベルにあるという。なのに、なぜ多くの子どもたちは塾に通うのか。
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小学3年生から週3日「塾通い」
千葉県に暮らすマナブさん(仮名)には、苦い思い出がある。
マナブさんの長男は小学校の3年生から卒業まで週3回、塾に通った。科目は国語、算数、英語。塾に通った理由を、マナブさんはこう語る。
「公立小学校の授業だけで十分な学力がつくか、不安でした。英語も早いうちから勉強すれば、将来、息子に有利になると思ったんです」
子どものころからの学びが人生の助けになれば、という親心だった。
背景には長女の成功体験もあった。長女は中学生のとき、「進学塾に行きたい」と申し出た。塾に通うと成績はぐんと上がり、都内の私立女子高校に合格した。
「長女に続いてほしい、という気持ちもありました」(マナブさん)
友だちともっと遊びたかった
だが、中学生になったある日、息子は感情を爆発させた。マナブさんが「次は受験に備えて塾に行くか」と、何げなく声をかけたときだ。
長男は泣きながら、こう訴えた。
「小学生のとき、友だちともっと遊びたかった。『塾をやめたい』と言ったのに、父さんも母さんも聞く耳を持ってくれなかった。あのときのぼくの時間はもう二度と戻ってこない」
マナブさんは殴られたような衝撃を受けた。
小学生の長男が、塾通いへの不満を口にすることはあった。だが、子どものこと、「通っているうちに慣れる」と考えていたのだ。「息子は素直に塾に通った」と捉えていた妻も、ショックだったようだ。
「あの日以来、息子は学校の宿題以外、勉強を頑なに拒むようになりました。高校受験も失敗した」(同)
公立小6の43%、公立中3の56%が塾通い
思えば、自分が小中学生のころ、塾に通ったことはなかった。木登りや星を見ることが大好きで遊びまわっていたし、培った探究心はその後の人生にも生きたと思う。息子も釣りや川遊びなどが好きで、自然に興味があると思う。だとしたら、違う選択肢もあったのではないか。学力面で備えさせてやりたいと塾通いをさせたことが、もしかすると、息子から学ぶ楽しさを奪ってしまったのかもしれない――。胸の奥にそんな痛みを抱えている。
塾に通う小中学生は増え続けている。旧文部省が実施した調査によると、1976年の通塾率は、小学生は12.0%、中学生は38.0%だったが、93年はそれぞれ23.6%、59.5%に急増した。2025年の通塾率は、公立小学校6年生は43.9%、公立中学校3年生で56.9%(文部科学省「令和7年度全国学力・学習状況調査」のデータから)にも上る。
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義務教育のうちから塾通いに踏み切る背景には、公教育への不安もあるようだ。
今年2~3月、AERA編集部が保護者向けに行った公教育に関するアンケートには、141件の回答が寄せられた。「小学校の教育で、子どもに十分な学力が身につくと思いますか」という問いに対して、「はい」は24.3%、「いいえ」は33.3%、「どちらともいえない」は、42.4%だった。
「中学校の教育で、高校受験に対応できる十分な学力が身につくと思いますか」という問いに対しては、「はい」は16.7%、「いいえ」は38.2%、「どちらともいえない」は、45.1%だった。
「親心」が子どもを追い詰めることも
神奈川県の公立小学校に勤めるナオミさん(仮名、50代)は、塾通いは、「人生の『いいレール』に乗せてあげたいという親心から始まるケースが多い」と感じている。
「親の言うことを素直に聞く小3のころから塾で勉強させ、いい私立中学校に入れる。子どもも塾や保護者から成績を褒められれば、『じゃあ、塾で勉強してみようかな』という気持ちになると思うんです」(ナオミさん)
ナオミさんの見たところ、ロールプレイングゲームの課題をクリアするように楽しみながら勉強に取り組める子は、塾に「向いている」という。
「でも、ほとんどの子はそうではありません」(同)
子どもが「塾をやめたい」と保護者に申し出た場合、「わかった、やめよう」と受け入れる家庭もあれば、「あなたのためになるから、頑張りなさい」と言う家庭もあるだろう。そして、後者の場合は「子どもを追い込んでいく」(同)ことになりかねない。
親もギリギリの精神状態に
追い込まれていくのは子どもだけではない。
子どもの勉強にトレーナーのように付き添う保護者もまた、気づかないうちに周囲が見えなくなるほどのめり込み、ギリギリの精神状態になってしまうことがあるという。
「普段は穏やかなお母さんなのに、『塾に行きたくない』と言った子どもに衝動的に手を上げ、ケガをさせてしまったそうです。『子どもに悪いことをしてしまった』と、深く悔やんでいました」(同)
日常は学校と塾で分刻み、親もギリギリ――。そんな生活を送っていれば、子どももストレスを抱えるようになる。
「『学校に来るのがだるい』と言ったり、教員に食ってかかったり、文句を言ってくるうちはまだいい。授業で問題を当てても鈍い反応で、ただ椅子に座って時間が経つのを待っているような、無気力な状態になってしまう子もいます」(同)
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逆に、学校を「気分転換やストレス解消の場」(同)にしているのでは、というケースも見てきた。うまく発散できるのであればいいが、「授業中に他の子にちょっかいを出してさわいだり、暴れたりする」(同)子もいる。
もちろん、こうした学校生活での乱れが、塾と因果関係があるかはわからない。それでも、ナオミさんはこう思ってしまうのだ。
「自分の自由な時間は少なくなり、塾で知識を詰め込まれる。塾ではテストの成績順で座席の位置が変わり、『成績』が可視化される。うまく言葉にできなくても、子どもたちはつらいと思うんです。『どこかで感情を発散させなければ、生きていけないんだろうね』と、よく同僚と話していました」(同)
塾は現代社会の「課金ゲーム」
OECD(経済協力開発機構)が世界各国の15歳を対象とする学習到達度調査「PISA」(ピサ)で、日本は世界トップクラスの成績を維持してきた。OECDは日本の公教育についても高く評価する。にもかかわらず、なぜ、多くの子どもたちは塾に通い、保護者は多額の費用を負担し続けるのか。
『ルポ塾歴社会』(幻冬舎新書)などの著書のある教育ジャーナリストのおおたとしまささんは、格差社会や非正規雇用の増大といった「雇用の劣化」を背景に、保護者たちが不安を抱えていると指摘する。
「十分な学力や学歴を得られず、格差社会の下層に転落してしまったら、『もう這い上がれないのではないか』という心境があると思います。だから、親はわが子を守るために塾に『課金』するのでしょう」(おおたさん)
高度経済成長期、受験競争の激化により、全国で学習塾が急増した。公立学校が露骨な受験指導を行わない一方、保護者は子どもに学歴をつけようとした。その矛盾を引き受けたのが塾だという。
「公立学校が受験にあまり縛られず、『総合学習』『学校行事』などの全人的な教育を行うことができるのは、塾が受験を突破する対策をしてくれているから、という側面があります」(同)
塾への支出と世帯年収には明白な相関がある。文科省が実施した「令和5(23)年度子供の学習費調査」によると、塾などの「補助学習費」(平均値)は、年収400万円未満の世帯は、公立小学校が約5万9000円、公立中学校が14万9000円だったのに対して、年収1200万円以上の世帯は、それぞれ26万1000円、41万4000円だった。
教育格差を縮小するために、塾代の助成を行う自治体もあるが、おおたさんは、「収入の高い世帯は『もっといい塾に通おう』とする。いたちごっこは続くでしょう」と指摘。こう続けた。
「教育を、社会での『競争の道具』として見る状況が変わらなければ、『塾にいかなければならない』と思い込む保護者は減らないでしょう」(同)
(AERA編集部・米倉昭仁)
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