国民審査・沖野真已判事のアンケート回答全文 「複眼的に予断なく」
最高裁裁判官の国民審査に合わせ、審査対象の裁判官にアンケートを実施しました。沖野真已裁判官(62)から寄せられた書面での回答は以下の通りです。質問と回答は原文のままです。
裁判官としての信念・最高裁のあり方
Q 最高裁裁判官としての信条、大切にしていること、心構えを教えてください。
A 最高裁判所は、個別の事件に即して、それまでに展開された当事者の主張、下級審裁判所の判断をもとに、判断することが求められます。あくまで個別の事件についての判断ですが、それは、当該当事者はもとより、今後の裁判ひいては社会における行動の指針となるものです。さまざまな考え方や主張があるからこそ、争いになり、最高裁判所の判断が求められます。さまざまな考え方に複眼的に、予断なく向き合い、何が法であるのかをしっかりと見極めることが、なすべきことだと考えています。
AdvertisementQ 国民が最高裁に期待している役割はどのようなものだと考えていますか。
A 社会関係を規律するルールに照らして、個別の紛争に対しての中立かつ公正な判断を、第一審、第二審を経て、さらに三段階目として、それまでの当事者の主張及び下級審裁判所の判断を踏まえて、示すこと、また、今後のための指針を明らかにすること、立法府・行政府と並ぶ三権の一翼として機能を果たすことだと考えます。
Q 最高裁では、傍聴人に対して事案概要ペーパーを配布するなど、裁判を国民にわかりやすく伝えるために一定の措置がとられています。これ以外に、ご自身として国民に身近な司法となるために取り組んでいること、心がけていることはありますか。
A 判決や決定は、専門性ゆえに、わかりやすさと正確さとがときに緊張関係を生じます。判決・決定は、正確さを旨として、その伝え方の点で解説などを工夫することがやはり第一だと考えます。また、共通理解のために、遠回りでも、法的知識を持った市民の養成、そのための法教育や法学部教育が重要ではないかと思っています。
Q これまでの裁判で、ご自身の個性や信念を最も体現したと感じる裁判を一つだけ挙げ、その理由も教えてください。また、最高裁裁判官就任前のお仕事も同様の観点で一つ挙げ、理由もお聞かせください。
A 裁判例は携わったものがまだ限定的ですので、これというものを挙げることはできません。私の「個性」というならば、一定の見解を一貫して打ち出すというより、さまざまな観点からその問題に光を当てることに特徴があると考えています。就任前の活動の中では、立法のための審議会や委員会において、特定の利害関係を有しない第三者的な立場から、専門家としての分析を通じて、さまざまな対立する利害や主張を止揚していく一助となることが、それに関わる研究者としての役割の一つであると考え、心がけてきたつもりです。
Q 社会全体で女性活躍が進んでいます。一方、最高裁では裁判官15人のうち女性は4人にとどまり、法曹三者で見ても、女性がトップに就いた検察庁や弁護士会と比べて遅れている印象があります。現状をどう考えるか、ご意見をお聞かせください。また多様な裁判を扱う上で、女性裁判官がいる意味や審理に与える影響をどう考えますか。
A 一般的に、さまざまな属性やバックグラウンドを持つ主体が議論をするということの意義は大きいものと考えます。
Q 「ChatGPT」など生成AIの技術が急速に進展し、様々な分野で利用が進んでいます。司法分野における生成AIの活用のあり方について、ご意見とその理由を教えてください。
A 角田美穂子=サイモン・ディーキン=フェリックス・シュテフェック編著『AI時代の司法を考える』を読み進めています。意見を言えるだけの知見が足りないと感じていますが、あえていえば、「AIは間違う」ことを念頭に、慎重に、丁寧に、司法制度を支える社会からの信頼や司法制度を通じた納得感を損ねることのないように、その活用可能性を考えていく必要があり、また、現在、裁判所では、そのように検討を進めていると承知しています。
Q 最高裁では、判決に際して裁判官が個別に意見を付すことが認められています。個別意見で個人の考えが表明されることは、国民にとってもその裁判について考える大きな材料になり得ます。個別意見に関して、ご自身がこれまでどのような考えで臨まれてきたか、もしくはどのような姿勢で臨んでいきたいか、お考えをお聞かせください。
A 裁判所の見解は、審議を経て形成される多数意見・法廷意見によって表されます。まずその形成に注力すべきですが、個別意見の表明も怖れてはならないと思います。個別意見は、多数意見・法廷意見に追加すべきことがあるかという観点から、その要否と内容を考えることになると思っています。多数意見・法廷意見から一歩を踏み込んでその内容を補完することや、多数意見とは異なる考え方があることを示してその面から多数意見を補完することなど、方向や内容はさまざまですが、「そうすることに意味があると考えるか」を自身に問うことになると思います。
憲法
Q 日本国憲法を改正すべきだという議論があります。この議論についてどのように思いますか。ご意見と、その理由を教えてください。
A 憲法自身が、改正の手続を用意し、その可能性を想定しています。そのもとで衆議をもって論じられるべきことは、憲法が内在していることと考えます。より具体的な事項については控えさせていただきたいと思います。
Q 社会のあり方の多様化を反映して、社会で起きる様々な出来事について憲法違反だと訴える裁判が多く起こされています。最高裁は「憲法の番人」としてこうした訴えに最終判断を示す役割を担っていますが、ご自身が判事として、憲法を巡る裁判にどう向き合ってきたか、もしくはどう向き合っていきたいか、お考えをお聞かせください。
A 憲法は何を定めているのか、その問いを突き詰めることだと考えます。一般的な姿勢においては、それは憲法であるから妥当するというものではなく、法律についても同様だと思います。
Q 立法政策は一義的には国会の役割ですが、国会で議論がなかなか決着しないテーマについて、司法に積極的に関与してほしいとの国民の声も聞かれます。こうした意見について、どのように考えますか。
A 立法は、立法府の専権ですが、チェックアンドバランスの考え方のもと、例えば、立法不作為に対しての司法による判断の余地があることは確立されており、その考え方についてもこれまでの集積があります。そのもとで、個々の事件、そこで問われる問題ごとに考えていくものと思います。
Q 国民審査のあり方について伺います。現状の仕組みでは、任命後初めての衆院選と同時に審査を受け、その後は10年ごとに再審査の機会が設けられることとされています。ただ実態としては、事実上審査を受ける機会は各裁判官一度だけで、就任間もない場合には国民は十分な材料のないまま信任するか否かの判断を求められることになります。憲法に規定された国民審査が形骸化しているのではないかとの指摘もありますが、国民の目線でご覧になって、現状の仕組みをどのように考えますか。
A 今まさに対象者となっているため、制度についての見解を申し上げるのは控えたいと思います。
刑事
Q 改正刑事訴訟法が2019年6月に施行され、裁判員裁判の対象など一部事件で取り調べの録音・録画(可視化)が制度化されました。一方で捜査機関の取り調べが問題となるケースは近年も散見され、録音・録画の対象を全事件に広げることや、任意段階や参考人の聴取も対象とすること、取り調べに弁護人を立ち会わせることなどを求める声もあります。どのようにお考えでしょうか。
A デュープロセスの観点から、信頼性・透明性をどう確保していくのか、そして検証の手法をどう用意していくのか、どのように制度を組んでいくのかという制度設計・立法政策に関わる事項と考えます。具体論については控えさせていただきます。
Q 「静岡一家4人殺害事件」や「福井女子中学生殺害事件」など、再審無罪が確定するケースが相次ぎ、これらを受けて再審法制の改正に向けた議論も進んでいます。議論の焦点となっている証拠開示のあり方について、どのようなお考えをお持ちでしょうか。また、開示された証拠の「目的外使用」を禁じる規定や検察側の不服申し立て制限の導入も議論されていますが、いかがお考えでしょうか。
A 現在、立法に向けた議論がされている問題であるため、意見を述べるのは控えたいと思います。
Q 「大川原化工機冤罪事件」では、結果として起訴が取り消しとなった被告人らの保釈が認められない状況が長く続き、被告人の1人は保釈が認められないまま亡くなりました。裁判所の責任を指摘する声もあります。罪証隠滅の恐れや被告人の病状を巡る判断について、裁判所はどのような姿勢で臨むべきだと考えますか。
A 先日、その運用の在り方について刑事裁判官を参加者とする研究会が司法研修所において開催されました。被告人の身体拘束に関する重要な判断であり、その判断は個々の事件における各裁判官の判断に委ねられるものですが、制度運用の在り方は、不断に問うべきものであり、研究会を通じた議論とその共有について、一過性のものとせず、継続されていくものと思います。
Q 死刑制度についてお尋ねです。1948年の最高裁判例は「残虐な刑罰にあたらず合憲」としていますが、「後の時代に残虐とされることもありうる」との個別意見も付いていました。国際人権団体「アムネスティ・インターナショナル」の調査によると、2024年時点で法律上・事実上死刑制度を廃止した国は140以上にのぼります。他方で国内では、内閣府の世論調査で制度を「容認」する声が8割にのぼります。制度の存廃をどう考えますか。
A 重要な問題ですが、立法に関わる事項ですので、意見を述べるのは控えさせていただきたいと思います。
民事・行政
Q 夫婦別姓や同性婚を認めるよう求める人たちが、全国で裁判を起こしています。社会の変化や価値観の多様化に伴うこうした国民の声の高まりに対し、裁判官はどのように向き合うべきだとお考えですか
A 社会の変化や価値観をどのように測り、法律解釈に取り込んでいくかは、事項によって異なるものと思います。訴訟となっている事項については、裁判において、改めて当事者の主張を踏まえて判断することになるものと承知しています。
Q 国際間の商取引や家事分野などを中心に、法的紛争もグローバル化しています。日本の裁判所が果たすべき役割をどのようにお考えですか。
A 取引については、取引の実情を十分に考慮すべきことは、国際取引に限られる事柄ではありませんが、ルールが不透明であったり、実情から乖離していたりすることは、準拠法についての当事者の選択肢を実質的に限定することにもなりかねず、ルールについての国際的な動向との調和の観点や準拠法選択に与える影響の観点などから、その実情を適切に考慮することが求められると思います。家事分野については、条約や法令の趣旨の解釈のほか、日本以外の国の法律の内容の確認や言語の問題なども重要になってくると考えられ、国際的な紛争であるゆえに特有の考慮すべき事項があるとは思いますが、基本的には、中立かつ公正な第三者として、制度への信頼に応えていくべきことは変わりがないと思います。
家事
Q 「共同親権」の導入を盛り込んだ改正民法が2026年4月に施行されます。父母の意見が対立した場合、最終判断の多くが家裁に委ねられるほか、単独親権とすべきDV(家庭内暴力)や虐待の恐れがあるケースを適切に見極められるかどうかも課題となります。家裁が取り扱う案件のさらなる増加も見込まれますが、裁判所にはどのような判断姿勢や体制整備が求められると考えますか。
A 令和6年の民法改正は、子の養育について、家族の在り方が多様化している状況を見据え、選択肢を用意するとともに、「子の利益」こそが中核であり指導原理であることをより明確にし、また推し進めたものであると理解しています。裁判所の果たす役割は大きく、家庭裁判所だからこそ担えるというその信頼に応えていくためにも、改正の趣旨を踏まえて、着実に実行していくことになり、また、そのように準備が進められていると承知しています。
司法行政
Q 民事裁判手続きのデジタル化を定めた改正民訴法が今年5月に全面施行され、電子申し立てなどを含めたデジタル化が実現します。業務の効率化が期待される一方、円滑に運用がなされるか不安視する声もあります。今後予定されている刑事事件や家事手続きでの導入も含め、デジタル化に対する期待や課題についてご意見をお聞かせください。
A 裁判手続のデジタル化は、より質の高い司法サービスを提供するという観点や、司法へのアクセスを充実する観点からも、非常に重要な取り組みであると認識しています。その導入はすでに法定され、また、実現されつつあります。その定着をいかに図るかが課題であり、一方で、本来のより質の高い司法サービスの提供、司法へのアクセスの充実という意義に照らして、取り残されて、かえって本来の意義が損なわれることのないように、情報の提供や理解のための支援等の方策を考え、また、その定着状況や課題について継続的に確認していく必要があるものと思います。
Q 海外では審理がインターネットで中継されるケースもみられます。国民に開かれた司法を実現するために、日本の最高裁でも工夫できることはありますか。あるとすれば、どのようなことですか。
A 法廷とは別の場所での中継などについて議論があることを承知していますが、人的、物的な手当てを要しますし、法廷でのルールとの関係もあります。まして、より公衆にインターネット中継をすることになると、積極的な発信という性格となり、性格の変化があるように思いますし、それとともに、上記の諸点のほかにもデータの扱いなど検討すべき課題は多くあるように思っています。
Q インターネットの普及に伴い、ネット上の紛争が裁判所に持ち込まれたり、ネット関連の記録が事件の証拠として提出されたりする機会が増えています。公私を問わず、インターネットとどのように接していますか。よく参照するウェブサイトや、自ら発信したり閲覧したりしているSNSがあれば、あわせて教えてください。
A 検索エンジンは、出発点として、よく使います。また、ニュースもインターネット版を契約している新聞もあり、見ることが多いです。辞書もよく使います。一般に、便利だけれども検証を怠ってはいけない、と思います。SNSは該当するものがありません。
その他
Q 最近のできごとでうれしかったこと、腹立たしく思ったことを教えてください。
A この3月にロースクールを修了して司法修習に進む予定の法科大学院生が、私が就任前に法学部で(最後に)担当した家族法の授業が面白く、予備試験の勉強に集中しなければいけないのに、それを放って、紹介された水野紀子先生の法学教室のご論文を読みふけったということを教えてくれました。私の授業ではなく、水野先生のご論文が素晴らしいことの証左ですが、その目をそれらの論文に向けさせ、その糧としてもらうことができたのは、授業担当者冥利につきると、とても嬉しく思いました。
Q 趣味や尊敬する人物、余暇の主な過ごし方を教えてください。
A 「余暇」には、本を読む、劇場に行く、部屋を片付けるなどしています。
Q 最近読んだ本や観た映画などで、印象に残ったものと理由を教えてください。
A お勧めいただいて、鈴木忠平『嫌われた監督 落合博満は中日をどう変えたのか』(文春文庫、2024年)を興味深く読みました。プロ野球選手のプロたる所以は蒙を啓かれましたし、個々人のドラマは感動的であり、指揮官の姿勢、組織の運営、そしてコミュニケーションのあり方など、いろいろなことを考えさせられました。一言でいえば、「面白く」読みました。
Q 執務中や帰宅後はどのように過ごされているのか、判事としての平均的な一日の流れを教えてください。また多くの事件に向き合う上で、どのように時間を確保していますか。
A 執務中は、会議や審議があり、個別にも議論の場がありますが、それらを除くと、基本的に、記録や文献や報告書など書類を読んで、そうして考える、また読む、そして一日が終わります。帰宅後は、ラジオをつけ、新聞や雑誌を読み、また、持ち帰った文献を読んでいます。時間の確保、あるいは、効率的な執務の進め方は、今まさに課題です。