引退セレモニー「フミ、ありがとう。本当に、よく頑張った」阪神・原口の母まち子さん手記(デイリースポーツ)
「阪神6-2ヤクルト」(2日、甲子園球場) 今季限り引退の阪神・原口文仁内野手(33)が、七回2死一塁で代打出場。中飛に終わったが観客からの大歓声を浴びた。八回から一塁の守備、九回は捕手を務めた。レギュラーシーズン最後の出場を終え、デイリースポーツに母・まち子さんが手記を寄せた。 【写真】藤川監督の粋な演出 虎党の涙を誘う原口4年ぶりのマスク姿 ◇ ◇ フミ、ありがとう。本当によく頑張った。 2週間くらい前だったかな。夜の11時と12時に電話。あれ…と思って「なんかあったの?」と聞くと、「ううん、なんでもないよ。おやすみ」で切れる。いま思えば心の整理ができていなかったんだろうね。1週間後に言われた。「俺、野球辞めるんだよ」-。そっか頑張ったねと伝えたら、明るい声で言うんだよ。 「でもね、母ちゃん。最後の試合でオレの映像流してくれるんだ。セレモニーしてくれる。本当にすごいことなんだよ」 私が悲しまないように気を使ってくれたと思う。ただ話を聞いてから1週間、毎日、目がウルウルとしてね。本当を言えば正直、いまは誰にも会いたくなかった。でも、最後に選手としてグラウンドに立つ姿を、しっかり目に焼き付けておかないといけない。泣いてばかりじゃいけないから。 思い返せば、いろんなことがあったね。大腸がんを患った時。正月の帰省から大阪に戻って2日、3日と連絡がなかった。必ず「帰ったよ」と言う子だから何かあったな…と直感した。電話したら「俺、がんになっちゃったよ」って言う。嘘(うそ)でしょ?って言ったら「本当なんだ」と。ここでも明るい声で言うから、医者行かなくちゃねって言うのがやっとだった。 手術の日に会いに行ったんだけど、痛そうでね。とてもじゃないけど、また野球ができるとは思えなかった。これで終わりかなと思ったけど、フミを見るとかわいそうで黙ってた。でも、翌日から動き始めてね。「俺、頑張るんだよ」って何度も聞いたね。退院してからはリハビリや、鳴尾浜にいる写真が届くようになって、横田君と練習している画像も送ってくれた。「一緒に甲子園のお立ち台に立とうと、2人で話しているんだ」って。本当に一生懸命だった。 お母さんはいつもフミのことを思っているよ、と伝えてきた。前にテレビで「夜に拝むとかなう」と聞き、それからは寝る前に布団の上で祈ることが日課になった。ホームランを打てば「よかったです。ありがとうございます」、打てない時は「明日はフミをよろしくお願いします」と。言葉にすればかなうって言うじゃない。だから信じてやり続けた。離れて頑張っている息子に、そんなことしかやってやれないから。 がんから復帰しても、よく連絡をくれた。ちょっと前にも「まち子の子だけど打てないんだ。どしたらいい?」と電話があった。打席に立つ前に深呼吸してね、練習で一生懸命にバットを振るんだって言ったら「そんなのとっくにやってるよ」って。プロ野球選手に何言ってるんだっていう話だけど「よくビデオを見なさい。いい時の映像をテープが擦り切れるくらい見ろ」と。後からお嫁さんのお母さんに「フミくん毎日、ビデオ見ているらしいよ。それで打てるようになったみたい」って言われたね。 町の人にも応援してもらった。家の裏に打つ場所を作って明かりを付けて、遅い時は夜の2時くらいまで練習。迷惑だっただろうに「フミくん、昨日も頑張ってたね」と。誰一人、文句を言われたことがない。本当にたくさんの人に感謝、感謝の野球人生。子供たちにはいつも「正しく生きてね」と伝えてきたけど、そのままで育ってくれた。「こんなに野球が好きな子に産んでくれて、ありがとう」と言われた時はビックリしたけど、ただの一度も弱音を吐くことなくよく頑張った。本当に、よく頑張ったね。