池袋刺殺事件 加害者の母「本当に申し訳ないです」家族はどこまで責任負うべき?識者「謝罪しないと報道が拡大して二次被害が起こる」

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 先月、東京・池袋で刃物を持った男が元交際相手の女性を殺害し、自らも首を切り死亡するという事件が起きた。この容疑者は以前、女性へのストーカー行為で逮捕されていた経緯がある。各種メディアがショッキングな事件について大々的に報じる中、同居していた容疑者の母親はNPO法人を通じ「本当に申し訳なくて言葉にできない。今の状況がとても信じられない。本当に申し訳ないです。信じられない状況で何をすればいいのかわかりません」とのコメントを発表した。

【映像】加害者家族、アジアと欧米で考え方の差

 ネット上では「成人しているのだから親の責任はない」という声がある一方で、「別人格とはいえ親は社会的制裁を受けるのが現実」といった意見も噴出している。「ABEMA Prime」では、この母親のコメント発表に携わった阿部恭子氏とともに、加害者家族がどこまで加害者本人とともに責任を負うべきかを議論した。

■なぜ加害者家族は謝罪の言葉を発するのか

 今回、母親のコメントを報道陣に伝えたのは、加害者家族を支援するNPO法人・World Open Heart理事長・阿部恭子氏だ。同氏は、重大事件において家族がコメントを出す背景には、切実な防衛本能があると指摘する。「このようなお答えをしないと、報道陣の取材が拡大し、近所の方やご親族のところに行かれたりする。ある種の二次被害だ」と、過熱する取材攻勢から身を守るための側面があることを明かした。

 これに対し、EXITの兼近大樹は、現代のネット社会特有の私的制裁を止めるための手段として謝罪を肯定した。「全く関係ない人が急に特定されたり晒されてしまう可能性もある。親族や友達、知り合いというだけで攻撃を受けたり、『家はここだよ』とやられたりしてしまう」と現状を分析。その上で「事件の加害者家族を攻撃する『新たな加害者』を生まないためにも、謝罪が1つあることで少し収まるのであれば、謝罪の意味はある」と、連鎖する攻撃を食い止めるための「鎮静剤」としての意義を語った。

 阿部氏は、事件直後のセンセーショナルな謝罪よりも、時間をかけた背景調査こそが重要であると訴える。メディアの取材は短期的かつ集中的であり、真実が伝わりにくいという。

 「報道陣がマイクを突きつけても、本当のことなんて言えない。時間をかけて家族との関係を築いた上で、実はDVを受けていた、虐待されていたといった、恥ずかしくて言えないような事実も話せるようになる」と語る。「どうすれば犯罪が起きなかったかというヒントは、家庭の中に隠されている。何かの支援が欠落しているゆえに起きたという原因が必ず社会にあるはずで、それを長期的に聞いていくことが再発防止に資する情報になる」と、家族を単なる責任追及の対象ではなく、社会を改善するための情報源として捉えるべきだと主張した。

■「個人の責任」か「家族の連帯責任」か

 議論において、出演者の価値観が真っ向からぶつかったのは、加害者の家族がどこまで責任を追うべきかという点だ。

 コラムニスト・小原ブラス氏は、加害者家族が責任を負うことについて否定する立場をとった。「子どもを違う育て方をしたら事件を起こさなかったと言い切れない人に対して、罰を与えるべきではない。親には一切の責任がないと線引きをしないと、変な憎悪の連鎖につながる。一個人の罪を他のところに求める発想自体が違う」と指摘した。

 さらに、被害者感情の観点からも「容易く謝罪されても『だからなんだ』という恨みたい気持ちもある。謝罪されると恨みきれない。謝罪が必ずしも被害者の気持ちを慰めるとも思わない方がいい」と、形式的な謝罪の危うさを説いた。

 対照的に、グローバルパートナーズ代表・山本康二氏は、日本独自の「家族の繋がり」が持つ効能に注目した。「(加害者家族のスタンスにおいて)欧米のモデルが全て正しいとも思えない。日本は『親の顔を潰さない』とか『ご先祖様が見ている』といった見えない力によって、道徳心が保たれている良い面もある」と述べた。

 また「自分が個人的に何かいいこと・悪いことを選ぶ時に、『山本家というブランドを落としてはいけない』と思う。家族に迷惑をかけたくないという気持ちが抑止力になっている」と語り、道端に落とした財布が戻ってくるような日本の治安の良さは、こうした連帯責任的な感覚に支えられているのではないかという持論を展開した。

 これに対し小原氏は「その価値観を持ち込んで罰を与えるべきだと言われても意味がわからないし、反省する気持ちにもならない」と反論し、価値観の相違が浮き彫りとなった。

 番組の終盤、議論は「著名人の謝罪」というケースにも及んだ。EXITのりんたろー。は「芸能界は世間の皆様に応援されて成り立っている仕事。世間に対する謝罪は自分のための謝罪でもあり、1回そこでしておかないと仕事が続かない」と、一般人とは異なるビジネス上の判断が必要であることを指摘した。兼近も「いろいろな人にお仕事をもらっているので、迷惑をかけてしまったことへの謝罪になる」と補足した。

 議論を総括し、兼近は「社会はいろいろな思想を持っている人たちで成り立っている。一方的に『俺の意見が正しい』と思うのではなく、『私はこうだけど、そういうのもあるよね』と冷静に喋れる寛容な社会でないと、謝罪がいつまで経ってもなくならない」と語った。 (『ABEMA Prime』より)

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