じつは「人の手が関わっていた」…雑木林や里山で「多くの種が絶滅に瀕している」ことと、「放牧による砂漠化」に通じる、からくりの中身(ブルーバックス編集部)
生物学はおもしろいーー。生物学に興味を持っている人は多いものの、難しい専門用語が散りばめられた解説は、生物学という世界を疎遠に感じてしまう人も少なくないようです。
多くの絶滅の危機に瀕している生物種や、またいっぽうでは特定外来生物たちの猛威についての話題を、しばしば目にします。
産業革命以降に進んだ環境破壊の問題に、21世紀以降、人々は生物界をつなぐネットワークの存在を把握し、今や環境に配慮しない人間活動はありえず、全生物界にわたって広く見られる共生も、近年特に重要なテーマとして注目されるようになりました。
そこで、広い生物学の世界から、生物界を巨視的にとらえる生態学(Ecology)についての話題を、生物学を網羅的に解説した入門書 『 大人のための生物学の教科書 』から、ご紹介していきたいと思います。
※本記事は『大人のための生物学の教科書 最新の知識を本質的に理解する』を一部再編集の上、お送りいたします。
石川 香(いしかわ・かおり) 2009年、筑波大学大学院生命環境科学研究科情報生物科学専攻修了、博士(理学)。筑波大学生命環境系助教。専門は、ミトコンドリアの生物学。
岩瀬 哲(いわせ・あきら) 2005年、筑波大学大学院生命環境科学研究科生物機能科学専攻単位取得退学、博士(農学)。理化学研究所基環境資源科学研究センター上級研究員。専門は、植物の再生、分化全能性の分子機構。
相馬 融(そうま・あきら)筑波大学大学院教育研究科修了、修士(教育学)。千葉県内の公立高校、私立高校、看護学校で生物科の教員として40年あまり教壇に立っている。
景観の変遷を支える「土壌の形成」
火山の噴火によって生じた焼け野原を火山荒原という。ここから始まり、地衣類やコケ類といった植生を経て、やがて草原が成立し、さらに陽樹林を経て陰樹林にいたる「遷移」という現象も、教科書では定番の話題だ。この現象は数百年を要する長大なスケールの話で、森林の背後には数百年・数千年という時間が流れている。
この遷移、地上の景観の変遷に目を奪われがちだが、じつはいちばん重要なのは土壌の形成である。そもそも火山荒原には土壌がまったくない。初期の植生である地衣類やコケ類はそれ自身が数十年という時間をかけて土壌となっていくのだ。
土とは何か? それは無機物と有機物の混合物であり、無機物は岩石の風化によって生じ、有機物は生物の遺骸によって生じる。
無機物が風化しただけでは、それはただの砂であって、植生の成長にはつながらない。地衣類やコケ類は自らが少しずつ土となることによって少しずつ植生を養うという遠大な事業に取り組んでいる。植生が成長するにしたがって、植物の枯死によって提供される有機物もどんどん増えていき、豊かなリサイクルが生まれてくる。
植物の枯死によって提供される有機物が新たな植生を養い、豊かなリサイクルが生まれる photo by gettyimagesヒトの手によって維持されてきた生態系「里山」
奈良の若草山は、この遷移を山焼きによって人工的に止めている有名な例だ。山焼きをやめれば徐々に森林へと変わってしまい、あの景観は失われてしまう。
奈良の若草山の山焼き。このやまやきによって、人工的に遷移を止めている photo by mrfiveまた、かつて全国に広がっていた「里山」は、基本的に陽樹林である雑木林を、集落の人々が利用することで、やはり遷移を止めてきた例である。薪炭林(しんたんりん)として一定量の樹木を伐り、堆肥とするために落葉・落枝を持ち去ることで、遷移は先に進まずその景観は維持されてきた。
現在、化石燃料の普及で薪炭の利用はほぼなくなり、化学肥料の普及で堆肥の利用もほぼなくなった。そのためこの日本(広くは東アジア)独特の「里山」は消失しかかっており、私たちにとっておなじみのメダカ・ドジョウ・カエル・ゲンゴロウといった多くの動物が絶滅に瀕している。今やヒトの手によって維持されてきた生態系でさえ、保護が叫ばれている。
里山の風景。今やヒトの手によって維持されてきた生態系でさえ、保護が叫ばれている photo by gettyimages遷移を止める放牧地
世界的に見れば、放牧地というものが、ヒトの手によって遷移を止めている例となる。
草原の土壌が厚くなるとともに徐々に低木が入りこんできてやがて森林になるところを、一定量の家畜の放牧により、土に還るべき草の有機物を家畜が取りこみ、その家畜をヒトが食料として持ち去ることで、土壌の成長が止まり草原という景観が維持される。
土・草・家畜・ヒトの関係が草原という景観を維持させる。トルコ・カッパドキア付近の草原での放牧 photo by gettyimages同じ場所で連続して放牧を行うと、むしろ持ち去られる養分量のほうが多くなるので、移動しながら放牧地を選んでいくのが一般的である。