芸舞妓も通う京都の老舗銭湯が廃業危機 守ったのは京都大学の学生 自ら借金し経営奮闘

「銭湯はコミュニティーセンター」と語る大黒湯の店主、竹林昂大さん=京都市東山区

1軒、また1軒と街中から銭湯が消えてゆく。店主の高齢化と後継者不足に加え燃料価格の高騰が背景にある。一方、昭和レトロな雰囲気が若い世代に受け、サウナブームも追い風となり再評価の動きもある。「銭湯を守りたい」と、京都の花街に近い老舗の銭湯を廃業から救った京都大学の現役学生を紹介する。

大正5(1916)年創業とされる大黒湯(京都市東山区)は、宮川町の芸舞妓(げいまいこ)さん御用達の銭湯だ。深夜、勤めを終えた後に歩いて通う。髷をほどき、びんつけ油を洗い落として大きな湯船につかれば、身も心も癒やされるのだろう。

「しばらく休業します」。玄関にそんな張り紙が出たのは昨年2月のこと。さらに2カ月足らずで「廃業します」に張り替えられた。芸舞妓たちは、わざわざタクシーで1キロ以上離れた銭湯「サウナの梅湯」(同市下京区)まで通うことになった。そんな光景を見ながら、なんとかならないかとひそかに大黒湯の復活を願う若者がいた。

梅湯のアルバイトで京都大学工学部7回生(休学中)の竹林昂大(こうた)さん(27)だ。高校時代から自転車で全国を旅行し、先々の銭湯でさまざまな人との出会いと交流を楽しんできた。それが忘れられず、京大進学後も京都市内の銭湯を巡るように。その一つが大黒湯で、48~49度の熱いお湯がとても気に入っていたのだ。

くしくも梅湯を経営していたのは銭湯の事業継承を専門にてがける「ゆとなみ社」(同市下京区)だった。「銭湯を日本から消さない」をモットーとし、将来の担い手育成も行う。梅湯は約10年前に同社が経営を引き継いだ1号店だ。

竹林さんの思いを知った同社から大黒湯を経営してみないかと持ちかけられた。経験も知識もゼロ、ずぶの素人だったが、同社のサポートが得られるならと、決心することができた。

経営に専念するため、1年間の休学を決意。初期投資の費用として銀行や知人から合わせて500万円を借り入れた。これをもとに老朽化した設備を補修し、汚れた浴場、脱衣場をクリーニングした。作業は京大生の友人らがボランティアで手伝ってくれた。

大正5年創業とされる大黒湯=京都市東山区

9月1日、営業再開。

「久しぶりやね。会いたかったわあ」

そんなお客さん同士の会話が聞こえてきた。多くの人は家に風呂がある。人と会い、おしゃべりを楽しむために来ているのだろう。東山区の高齢化率は市内で2番目に高い31・1%(昨年10月1日現在)。独り暮らしのお年寄りも多い。銭湯には「見守り」という役割を果たせるのではないか。

「地域のコミュニティーを復活させることができた」。近所付き合いが失われ、人間関係が希薄になった現代に、銭湯はなくてはならない場所、機能ではないかと強く思うようになった。

思っていた以上に経営は大変だ。毎月の収支は黒字。入浴料金は都道府県ごとに上限が決められており、自由に値上げできない以上、借金を返済し、経営を安定させるには新規客を増やす必要がある。そこでインバウンドに期待している。

宮川町の芸舞妓から贈られたうちわ=京都市東山区の大黒湯

しかし、それで常連客が離れ、取り戻したコミュニティーが崩壊しては本末転倒だ。両者が共存し、うまくコミュニケーションが図れるようにするにはどうすればいいか。そこが課題だ。

竹林さんは英会話が得意だ。従業員の多くが帰国子女や留学生で、これがアドバンテージになるかもしれない。

大黒湯はリニューアル工事のため、今月1日から1カ月間の休業に入った。500万円の追加融資を銀行に申請中だ。「新装開店で、お客さんの満足度を上げて売り上げ拡大を狙う」と竹林さんは決意を新たにしている。(安東義隆)

竹林さんは、大黒湯を応援してくれる出資者をクラウドファンディングで募っている。(https://daikokuyu-kyoto.jp/

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