ベビーカー、重い荷物…なぜ日本人は手を差し伸べないのか? 「困っている人=自業自得」 一橋大×名大調査で明らかになった共感の欠如とは
日本人はなぜ、困っている人を助けようとしないのか――。
都市の駅構内で、ベビーカーを押す母親が階段前で立ち尽くす光景。郊外のバス停で、重い荷物を抱えた高齢者が誰の手も借りずに乗り込もうとする姿。これらは見慣れた日常風景だ。多くの人はその脇を何もせずに通り過ぎる。そして、その無関心は批判されることなく、むしろ「その人の問題」として処理される。
一橋大学と名古屋大学の研究チームが発表した調査は、こうした光景にある構造を浮き彫りにする。日本人は、米国人に比べて他人への共感的な関心が低く、困っている人に対して
「それは本人の落ち度だ」
とみなす傾向が強い。助けを求めることも苦手で、周囲に迷惑をかけることを避ける文化的な内圧もある。
この研究結果をどう読むか。答えは、単なる国民性や性格論に還元されるべきではない。その背景には、日本という国の移動構造と、経済活動の仕組みに深く根を下ろした
「助け合わない社会」
の設計がある。つまり、個人の態度の問題ではなく、
・都市空間や交通設計 ・雇用制度
・消費モデル
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日本人は米国人に比べて、困っている人への共感や支援を求める行動が弱い――そんな研究結果を、一橋大学の鄭少鳳(テイ・ショウホウ)講師と名古屋大学の石井敬子教授らが米国心理学会の学術誌で発表した。
文化心理学の視点では、日本では
「迷惑をかけたくない」 「貸し借りをつくりたくない」
といった対人配慮の価値観が強く働く。この文化的傾向が、共感的な関心や支援を求める行動を抑えているとされるという。
実験では、米国人の方が他者への共感や「助けてもらえる」という期待が高かった。こうした感情が、実際に支援を求める行動につながっていた。
一方、日本人は困難に直面したとき、それを自業自得と捉える傾向がある。このような因果応報的な考え方が、他人への共感を遠ざける要因になっている可能性があるという(『朝日新聞』2025年3月30日付)。
発表された論文「Empathic concern promotes social support-seeking: A cross-cultural study(共感的な配慮は社会的支援の求めを促進する:文化間比較研究)」の要旨には、こうした内容が記されている。
「Previous research has suggested that empathic concern may affect cultural differences in social support-seeking. However, neither the mechanisms through which empathic concern promotes support-seeking nor the explanations for cultural differences in empathic concern are clear. This study attempted to address these questions by conducting three studies in Japan and the United States. The results showed that Japanese participants reported having lower trait-empathic concern and seeking less social support in dealing with stress than European Americans. Study 1 found that trait-empathic concern mediated the cultural differences in support-seeking by increasing beliefs about others’ prosocial willingness. Using a controlled set of stressful scenarios, Study 2 replicated the results of Study 1. Additionally, Study 2 showed that Japanese participants reported greater endorsement of the causal repressive suffering construal than European Americans, partly accounting for cultural differences in trait-empathic concern. Using an experimental design, Study 3 showed that primed empathic concern increased support-seeking in coping with follow-up stress across cultures. These findings contribute to our understanding of the role of empathic concern in support-seeking and cultural differences in empathic concern.」
「これまでの研究では、共感的な心配が社会的支援を求める行動における文化的な違いに影響を与える可能性が示唆されてきた。しかし、共感的な心配が支援行動を促進するメカニズムや、その文化差の理由については明らかになっていない。本研究では、日本と米国で三つの実験を実施し、これらの問いに答えることを試みた。
結果として、日本人参加者はストレスに対処する場面において、欧州系米国人よりも特質的共感的心配が低く、他者に支援を求める傾向も低いことが示された。研究1では、共感的心配が「他人は助けてくれる」という利他性への信念を高めることで、支援要請行動における文化差を仲介していることが確認された。
ストレスフルなシナリオを用いて制御された設定で行われた研究2では、研究1の結果が再現された。さらに、日本人参加者は欧州系米国人よりも「苦痛は社会規範の逸脱による結果だ」とする因果応報的な考え方を強く支持し、これが共感の文化差の一因であることも示唆された。
実験的手法を用いた研究3では、共感を促すプライミングが文化を問わず支援要請行動を高めることが明らかになった。以上の結果は、共感が支援行動に果たす役割と、その文化的な変動要因についての理解を深めるものである」