【コラム】ペンギンにさようなら、Suicaの収益化に本腰-リーディー

日本では企業や自治体のみならず、警視庁など官公庁にもマスコットキャラクターがある。その中でも特に親しまれてきたキャラクターの一つが間もなく姿を消すことになった。

  JR東日本は11日、首都圏を中心に利用されている非接触型決済サービス「Suica(スイカ)」の象徴であるペンギンのキャラクターを「卒業」させると発表した。

  2001年のスイカ導入以来、このペンギンは、世界最大の都市圏と東日本各地を行き来する数千万人の日常に欠かせない存在だった。SNS上では有名人の死を悼むような反応が広がった。

  JR東日本が進める改革は、見た目の刷新にとどまらない。同社は鉄道収入に依存する従来型の企業体質から脱却し、フィンテックの有力企業へ転じるための事業再編を進めている。

  「スイカ・ルネサンス」と名付けられた取り組みの一環として、スイカを数ある交通系ICカードの一つから、個人間送金や銀行機能を備えたモバイル決済のスーパーアプリへと進化させ、将来的には改札機そのものが不要になるテクノロジーの導入も目指す。

  ペンギンは単なる企業マスコットではなく、ハローキティのように文化的存在に近い。キャラクターグッズを扱う店舗も多く、世界一利用者の多い新宿駅(1日約300万人)には銅像まで設置されている。

  インターネット上では、ソ連崩壊後にレーニン像が撤去される様子になぞらえたミームまで拡散された。後任となる新しいキャラクターはまだ発表されていないが、スイカの進化を象徴する存在になるとみられる。

経済圏

  JR東日本が動く背景には、キャッシュレス決済分野での激しい競争がある。日本の市場では、ソフトバンクグループ傘下のPayPay(ペイペイ)が圧倒的なシェアを握っており、7年前のサービス開始以後、利用者数は約7100万人に達している。

  ペイペイは、アプリをダウンロードした利用者を対象に大がかりな還元キャンペーンを行い、加盟店には長期間の決済手数料無料を約束した先手必勝の戦略で急成長した。

  かつてソフトバンクGの出資先だったインドのフィンテック企業Paytm(ペイティーエム)の技術支援も受け、店舗側に専用端末を必要としないQRコード決済として普及を進めた。

  PayPayはすでに、スイカが目指す多くの機能を備えている。個人間送金の国内最大手であり、銀行口座やクレジットカード、投資サービスも提供している。

  給与の一部をPayPayポイントで受け取ることも可能だ。事業の大半は日本国内に限られているものの、ソフトバンクGはPayPayを米国に上場させることを目指しており、評価額が200億ドル(約3兆900億円)を超える可能性があると報じられている。これはJR東日本の時価総額の約3分の2に相当する。 

  JR東日本は本来、この市場をリードできた可能性があった。スイカは登場当初、画期的なテクノロジーだった。ソニーグループの非接触型技術FeliCa(フェリカ)を基盤とし、ラッシュ時の駅でも問題なく対応できた。

  スイカが瞬く間に紙の切符や磁気カードの定期券と置き換わった後も、JR東日本は携帯電話やiPhoneでの利用など、スイカのモバイル化をいち早く進めた。QRコードより操作が簡単で、クレジットカードのタッチ決済よりも先行していた。

  しかし小売店での普及拡大を見込んだものの、当初は駅構内の売店などに限られた。鉄道各社が異なる方式を採用していたことから、全国展開よりも相互利用の調整を優先せざるを得なかった。

  さらに、スイカが少額チャージ式で上限が低い設計だったことが、キャッシュレス基盤としての拡張を妨げた。一方でQRコード決済は柔軟に発展し、新型コロナ禍によるキャッシュレス化の波に乗って、日常決済にとどまらないデジタルウォレットへと進化した。

  JR東日本は、複数のアプリやサービスのログイン体系が煩雑な点を整理する必要があるが、少なくとも今は本格的にスイカの収益化に向けて動き始めている。

  ペンギンの引退には、このキャラクターの著作権の一部がイラストレーターの坂崎千春氏に帰属していることも一因とみられる。

  それでも、数千万人の利用者がすでにスイカの経済圏に組み込まれており、サービス自体が消えるわけではない。JR東日本は昨年、自前の銀行サービスを立ち上げ、32年3月期までに最大2兆6000億円程度を企業の合併・買収(M&A)に投じる計画を掲げている。

  ペンギンとのお別れは寂しいが、このニュースによってスイカの再生に向けた注目度はすでに高まっている。重要なのは、JR東日本がこの機を逃さないことだ。

(リーディー・ガロウド氏はブルームバーグ・オピニオンのコラムニストで、日本と韓国、北朝鮮を担当しています。以前は北アジアのブレーキングニュースチームを率い、東京支局の副支局長でした。このコラムの内容は必ずしも編集部やブルームバーグ・エル・ピー、オーナーらの意見を反映するものではありません)   

原題:A Beloved Penguin’s End Presages a Payments Giant: Gearoid Reidy  (抜粋)

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