なぜ食虫植物は人間を食べられるほど巨大化しなかったのか?
虫や小動物などを捕食する食虫植物には、筒状のトラップに獲物を誘い入れるウツボカズラや、二枚貝のような葉で獲物を捕らえるハエトリグサなどさまざまな種類がありますが、SF小説に出てくるような人間を食べるほど巨大な食虫植物はいまだに見つかっていません。「一体なぜ人間を食べられるほど大きな食虫植物がいないのか?」という疑問について、化石や自然史を専門としている科学ライターのライリー・ブラック氏が解説しました。
Carnivorous Plants Have Been Trapping Animals for Millions of Years. So Why Have They Never Grown Larger?
https://www.smithsonianmag.com/articles/carnivorous-plants-have-been-trapping-animals-for-millions-of-years-so-why-have-they-never-grown-larger-180986708/植物なのに虫や小動物を捕食する食虫植物は魅力的な存在であり、一部のSF作品には人間を捕食するほど大きな食虫植物が登場します。しかし、食虫植物は世界中に分布しており、多様な捕食メカニズムがあるにもかかわらず、これまでのところ人間を捕食できるようなサイズの種類は見つかっていません。 なぜ巨大な食虫植物が存在しないのかを探るには、その進化的な起源を知る必要があります。そもそも植物は土壌から生存に必要な水や栄養分を吸収しており、光合成でも栄養を作り出すことが可能です。しかし、中には光合成や土壌の栄養分だけでは必要なニーズをまかなえない植物も存在し、一部の植物は小型の動物やその排せつ物を栄養源とする方向に進化を遂げました。
これまでに発見された最古の食虫植物の化石は、3400万年以上前の琥珀(こはく)の中に保存されたものです。この化石には通常の葉だけでなく、触手のような突起物が確認されました。この植物そのものは既知の種には属していないものの、南アフリカに自生するロリデュラという食虫植物とよく似ていたとのこと。
ロリデュラは葉に付いた粘着性の突起で昆虫を捕らえ、その昆虫を捕食するカメムシ(Pameridea roridulae)の排せつ物を自身の栄養源としています。Pameridea roridulaeはロリデュラと共生関係にあり、一生をロリデュラの上で過ごし授粉も手助けするそうです。琥珀(こはく)の中に見つかった化石もロリデュラと同様に、捕らえた昆虫をエサとして腐肉食動物をおびき寄せ、その排せつ物を栄養源にしていたと考えられます。
2014年の論文でこの化石について報告したドイツ・ゲッティンゲン大学の古生物学者であるアレクサンダー・シュミット氏は、「これらの琥珀に包まれた化石を初めて顕微鏡で観察した時、目にしたものが信じられませんでした」と述べています。
以下の写真に写っているのがロリデュラです。葉の表面に無数の突起物があるのがわかります。by ekenitr
ロリデュラは動物の排せつ物を栄養源としていましたが、食虫植物が用いる手法には他にもさまざまなものがあります。たとえばモウセンゴケは、葉にある毛から粘液を分泌して昆虫を捕らえ、酵素を用いて消化・吸収しています。ウツボカズラは葉が変形した筒状の捕虫袋を持ち、この中に滑り落ちた昆虫や小動物、時には動物の排せつ物を底にたまった消化液で消化します。
食虫植物ウツボカズラの一種は虫ではなく動物のうんちを食べる「生きた便器」へと進化している - GIGAZINE
また、ハエトリグサは、開いた2枚の葉の内側にある感覚毛に昆虫が触れると約0.5秒というスピードで葉を閉じ、葉から分泌される消化液でゆっくりと昆虫を分解します。ハエトリグサが昆虫を捕らえるシーンを撮影した動画は、YouTubeなどで見ることが可能です。
Top 20 / Venus flytrap - Venusfliegenfalle - YouTube
ベルリン自然史博物館の植物学者であるエヴァ=マリア・サドウスキー氏によると、食虫植物は何らかの形で少なくとも10回は進化を遂げたと考えられているとのこと。しかし、食虫植物が主に自生している沼地や湿潤な森林は、土壌が比較的酸性であるため化石に残りにくく、その歴史を追跡することは困難だそうです。
そのため、食虫植物の進化の歴史について研究する際は、葉や花などよりも化石に残りやすい「花粉」に着目することが重要です。食虫植物群の最古の花粉は3390万年~5580万年前にあたる始新世にさかのぼり、最も多様性に富むのはモウセンゴケ科です。サドウスキー氏は、「モウセンゴケ科の化石記録はあらゆる食虫植物の系統の中で最も豊富です」と述べています。
これまでに見つかった最も大きな食虫植物は、西アフリカに自生するトリフィオフィルム・ペルタトゥムというつる性の植物であり、つるの長さが約50m以上に達することもあります。しかし、トリフィオフィルム・ペルタトゥムがモウセンゴケのような食虫性の葉を持つのは、地面に沿って成長する短い期間に限られ、木に絡みつく頃には食虫行動は行わなくなるそうです。
また、東南アジアのボルネオ島には捕虫袋の深さが約41cmに達するネペンテス・ラジャという大型のウツボカズラが自生しており、トカゲやカエルといった小型の脊椎動物を捕らえることもあります。しかし、それでも人間を食べるほどのサイズには到底及びません。
by Dick Culbert これらの食虫植物が人間を食べられるほど大きくならない理由としては、「そもそも食虫植物は栄養分が乏しい土地に自生している」という点が挙げられます。これらの土地に生える植物は、土壌から十分な栄養分が摂取できないため、昆虫などを栄養源とするためにさまざまな捕食機構を発達させてきました。つまり、食虫植物が昆虫を捕らえることには、不足した栄養分を補うという目的があります。 しかし、人間のように大きな動物を捕食できるような機構を持つためには、まず植物自体が大きくならなくてはなりません。植物が大きくなるには栄養豊富な土壌が必要ですが、そのような土地に生えている植物は、そもそも栄養不足を補うために食虫行動をする必要がありません。そのため、人間を食べられるほど大きな食虫植物は存在しないというわけです。 ブラック氏は、「食虫植物は単に自分たちのために動物を食べているわけではありません。この適応は、本来なら生育が困難な環境でも成長するための驚くべき工夫なのです。食虫植物はすでに世界虫の湿地で、別の生物界から必要な栄養を借りて生き延びており、適応の限界で生存しています。そのため、ホラー映画のように巨大なサイズに成長する必要はありません」と述べました。
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