“おじいさん”が家に入ってきて→炎天下だから「飲みものが欲しい」 足元を見て、主婦がハッ!と気づいたこと「覚えておきます!」「良い情報ありがとうございます」
炎天下の日の13時頃、突然自宅に訪れた見知らぬおじいさん…帽子も被らず、汗だく状態。浜松市在住のハナママさん(40代・仮名)が「どうしました?」と聞いても、「大丈夫」と答えるばかり。
そこでハナママさんが発見したのは足元に貼っていたオレンジ色のシール。そこで、あることに気づいたのでした。
突然、家に入ってきたおじいさんを対応することに…。そのとき主婦が気づいたのは? 写真はイメージです。(kazoka303030/stock.adobe.com)
はたして、それが意味することとは? 9月は「世界アルツハイマー月間/認知症月間」、そんななか「もっと広まってほしい」とSNSで投げかけたハナママさんと、取り組みを行っている浜松市に取材しました。
おじいさんの靴に貼ってあったオレンジシール(提供:浜松市高齢者福祉課)
「オレンジシール」とは?
「大丈夫」と言いつつも、家に入ってきた正体不明のおじいさん。飲み物を求めたそうで、玄関の椅子に座らせ、飲み物をあげたり、汗を拭いてあげたり。そのときに、ハナママさんが見つけたのが靴に貼ってある「オレンジシール」でした。
「オレンジシール」とは、認知症で「ひとり歩き(徘徊)」のおそれのある高齢者に交付される登録番号入りのオレンジ色の反射シール。認知症の症状で自宅に戻れなくなった人を、関係機関や地域住民の見守りで事故を防ぎ、なるべく早く帰宅できるように浜松市が実施する事業です。
登録された高齢者が行方不明になった時に、見守り協力者に情報をメールで配信し、捜索協力や情報提供を呼びかける「オレンジメール」というシステムもあります(いずれも家族などの届け出による要事前登録)。
浜松市の徘徊高齢者早期発見事業、「オレンジメール」と「オレンジシール」(提供:浜松市高齢者福祉課)
ハナママさんはシールの存在を知っていたので、最寄りの交番に連絡し迎えに来てもらったとのこと。「会話は普通に出来てしまう方も多いし(認知症だとわからなければ)この炎天下でどうなっていたか」と振り返ります。
投稿には
・浜松在住ですが知りませんでした 覚えておきます! ・オレンジシール知らなかったです。どちらの両親も年齢重ねてます。地域の目印あるか? 探しておきます。とても良い情報ありがとうございます ・オレンジシール良いですよね でも、もう少し、目立つようにしてあげたら良いのになぁ どんどん、普及・認知されてて、付ける人が増えると良いですよね
・私の父は真冬の夜に徘徊した事があって、親切な方に助けていただきました。頂いた親切をぜひ他の方に繋げたいです。自治体の取り組み調べてみようと思います!
といったコメントが寄せられ、今回のエピソードを通じて知る人も。ハナママさんに知るきっかけ、また「オレンジシールを知っていてほしい」という呼びかけへの思いを聞きました。
「とにかく、まずは周知」
ハナママさんは介護福祉士で、介護施設と訪問介護で働いています。
「オレンジシールについては、利用者様で徘徊をしてしまう方がおり、その方が靴に貼っていたので知りました」
実際に「オレンジシール」を見た時の印象を、「シールはとても小さく、あれでは歩いている時に判断するのは難しいかなと感じました。今回(家に入ってきたおじいさんの場合)は、座ったタイミングで確認することができました」と語ります。
オレンジシールやオレンジメールの認知度については、「私の周辺に限ってですが、周知はまだまだな印象です。介護福祉士でも知らない方は多いかもしれません。居宅のケアマネジャーさんは知っていると思います」とのこと。
ハナママさんは「とにかく、まずは周知だと思っています。GPSの利用なども普及するともっと良いかと思います」と語ってくれました。
今回、「オレンジメール」などの取り組みは、浜松市でどのように始まったのか。市民からどのような反応があるのか。浜松市高齢者福祉課にたずねました。
行方不明となった人が発見されるきっかけに
浜松市で「オレンジメール」「オレンジシール」といった取り組みが検討され始めたのは、今から11年前のことでした。
「平成26年6月、警察庁が認知症によって行方不明になった人が1万人を超えたことや、行方不明者が事件・事故に遭遇する可能性が高いことを通達しました。
新聞なども全国的に身元不明のまま保護されている認知症高齢者などについて報道し、本市においても認知症とみられる高齢者が、ひとり歩き(徘徊)してしまうケースが頻繁に。
保護した場合でも本人を特定するものが無ければ、身元の確認が早期にできないことがありました」
全国の各自治体で実施されている、市民が参加する ひとり歩き(徘徊)高齢者の捜索・発見・通報・保護や見守りに関するネットワークづくりの事例(※1)をもとに、浜松市は検討をはじめました。その際に意識したのは、「社会全体で、認知症の人を支えること」だそうです。
「平成27年12月に、認知症により ひとり歩き(徘徊)のおそれがある高齢者などを家族などの申請により事前把握し、靴に貼る登録番号付の反射シール(オレンジシール)を交付しました。
本人が保護された際に靴のシールにより早期に身元を確認し家族につなげる取り組みを市内の一部の地域で先行開始し、平成28年6月に全市に拡大しました」
実施の際に留意したのは「オレンジシールは認知症の方の行動を制限するものではなく、認知症の方を特定する手段でもないです。認知症の人にも自尊心があり、シールの貼付を嫌がる方もいます」ということだそう。
その先行開始中には、後押しとなるようなこんな出来事も。
「シールを交付した人が行方不明となり、近隣の人に発見されたケースもありました。地域の支援者からは『シールを貼ることで、認知症への理解への啓もう活動を広げていこう』という声も上がり、全市への拡大につながりました」
また、シールの配布と同時に、市民による見守りの協力体制も立ち上げました。
「認知症サポーター養成講座などを開催し、広く市民へ認知症に関する正しい理解と協力を求めることで、地域の見守り協力者(オレンジメール登録者)を募りました。
認知症のおそれがある人が行方不明になった場合に、メール配信システムを活用し、地域の見守り協力者に情報提供する仕組みを整備。以降は、『オレンジメール』『オレンジシール』を中心に、認知症の早期発見・保護と地域の見守り体制の推進に取り組んでいます」
オレンジシール・オレンジメールの連携でひとり歩き(徘徊)してしまう高齢者を見守り、保護する仕組み(提供:浜松市高齢者福祉課)
初年度284人→令和6年は1149人、一方で課題も
取り組みが始まった平成28年度末時点でオレンジシール登録者は284人、オレンジメール登録者955人。当時の浜松市の人口は約80万人でした。
昨年の令和6年度末時点ではオレンジシール登録者1149人、オレンジメール登録者2865人に。人口は今年の4月1日時点で約78万人です。
関わる市民が大きく増え、人口に対する割合も大きくなっているようです。しかし、周知についてはこんな課題も。
「認知症サポーター養成講座(令和6年度:100回開催、4096人受講)や認知症月間(9月)を通じて、広く市民に対し認知症に対する理解、共生社会の取り組みのための協力を求めていますが、地域の見守り協力者としてオレンジメールの登録者数の増加へまで結びついていません」
8年間でオレンジシールの登録者は約4倍、オレンジメールの登録者は約3倍。認知症の人を見守る協力者の増加がやや伸び悩んでいるのかもしれません。“伸び悩み”には、こんな背景も。
「高齢化は進んでいるのですが、生産年齢人口(15歳以上65歳未満)の割合が減っているんです。オレンジメールは、スマートフォンなど情報機器を活用するので、それを使いこなせる現役世代が他の地域に流出したことも理由のひとつだと考えられます」
GPS活用をおこなうも…意外な結末
またGPSなどの活用の有効性も問われるなかで、かつては位置情報システムも活用。
「平成14年度から平成24年度まで、徘徊高齢者家族支援サービス事業として徘徊高齢者位置探索用端末機の貸与を実施していました。
しかし、ひとり歩き(徘徊)の高齢者に端末機を携帯していただくことが容易ではなく、利用者は増加せず、最終的には利用者がゼロとなったため、事業継続は平成24年度までとなりました」
GPSでどこにいるのかわかるというのは大変便利そうにに思えますが、実際には普及しなかったようです。今のところ、住民のたくさんの目で高齢者を見守るのが確実な方法のようで、「オレンジシール」と「オレンジメール」が、なお一層、広く知られる必要があるということでしょう。
◇ ◇
静岡県浜松市以外でも、同様の取り組みが行われ、例えば東京都文京区では「おでかけ見守りシール」が、渋谷区では「渋谷区見守りキーホルダー」が、大阪市では「見守りシール・アイロンシール」が、神戸市では「みまもりシール」が登録により提供されます。
認知症の高齢者と住んでいなくても、訪問介護の仕事をしていなくても、認知症が理由で家に帰れなくなった高齢者と遭遇する可能性があることは同じ。自分が住んでいる自治体で、どんな「ひとり歩き(徘徊)」の高齢者の保護や見守りの取り組みがあるか知っておくと、誰かの“もしも”の時に助けになれそうです。
※1 厚生労働省による平成26年の「徘徊などで行方不明となった認知症の人等に関する実態調査(市区町村調査)」より
■浜松市 公式ホームページ「オレンジシール・オレンジメール(徘徊高齢者早期発見事業)」 https://www.city.hamamatsu.shizuoka.jp/kourei/welfare/elderly/nintisyou/haikai.html
■厚生労働省老健局「今後の認知症高齢者等の行方不明・身元不明に対する自治体の取組の在り方について」https://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-12301000-Roukenkyoku-Soumuka/3-3.pdf