【かつてない酷暑】「人間は乾燥した環境では40度を超える高温にも耐えることができるが、湿度100パーセントで35度を超えると…」。“生命に関わる危険”を回避するための指標「湿球温度」とは?

人類の歴史は、地球規模の支配を築いた壮大な成功の物語のようにも見える。しかし、その成功の裏で、ホモ・サピエンスはずっと「借りものの時間」を生きてきた。何千年も続いた栄光は、今や終わりが近づいている。なぜそうなったのか? 発売たちまち重版となった『ホモ・サピエンス30万年、栄光と破滅の物語 人類帝国衰亡史』は、人類の繁栄の歴史を振り返りながら、絶滅の可能性、その理由と運命を避けるための希望についても語っている。竹内薫氏(サイエンス作家)「深刻なテーマを扱っているにもかかわらず、著者の筆致がユーモアとウィットに富んでおり、痛快な読後感になっている。魔法のような一冊だ」など、日本と世界の第一人者から推薦されている。本書の内容の一部を特別に公開する。

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 暑い夏は頻繁にやってくるようになった。都市ではヒートアイランド現象の影響で、熱波の深刻さが増す。ビルや道路は、草地や森林よりも太陽の熱を吸収・放出しやすく、それが気温を押し上げるのだ。ときに、これは命に関わる問題となる。

 たとえばシカゴでは、1995年7月の熱波で、わずか五日間におよそ700人が亡くなった。

 地球の気温は上がり続けている。2023年5月7日、東南アジアの国ベトナムで観測史上最高となる気温――摂氏44度を少し超える――が記録された。

 タイでは44.6度、ミャンマー東部のある町では43.8度を観測し、これは過去十年間で最も高い気温だった。東南アジアではモンスーン(雨季)が始まる直前に暑さがピークを迎えるのが通常だが、これほどの酷暑はかつてなかった。同じ2023年の四月から五月にかけて、インドやバングラデシュでも異常な高温が報告された。

 そして2024年4月から6月、インドで総選挙が行なわれ、何億人もの人々が列をなして投票に臨んだが、気温はついに49.9度に達し、国内史上最高を記録した。この熱波により、選挙関係者を含む多数の死者が出た。

熱波と山火事

 ヨーロッパも例外ではない。2023年4月、スペイン南部のコルドバでは気温38.8度を記録し、4月としては観測史上最高となった。春はほとんど訪れる間もなく終わり、地中海沿岸は容赦ない猛暑に包まれた。

 長引く干ばつと相まって、熱波は広範囲にわたる山火事を引き起こし、多くの家屋や、この地域にとって生命線ともいえる観光業が深刻な被害を受けた。2023年の一年間は、1850年に記録が始まって以来、地球全体で最も暑い年となった。気温の上昇はとどまる気配がなく、記録は次々と塗り替えられている。

 あなたがこの文章を読むころには、ここに挙げた異常気象でさえ、すでに過去のものになっているかもしれない。

さらに深刻な要因

 過度な暑さは命に関わることがある。特に高齢者や幼い子どもは体温調節がうまくできないため危険性が高い。

 さらに深刻な要因が湿度である。人類はアフリカの暑く乾燥したサバンナで進化したため、自然な冷却手段として「汗」を使って体温を調整する。汗が皮膚から蒸発する際には、気化のためにエネルギーが必要となり、そのエネルギーが皮膚から奪われることで体が冷やされる。

 しかし、この仕組みは空気が乾いているときにしか機能しない。空気中の湿度が100パーセントに達していると、空気はすでに水蒸気で飽和しているため、汗は蒸発できず、体温は下がらない。

湿球温度と「生命の危機」

 この熱と湿度の組み合わせを示す指標が「湿球温度(ウェットバルブ温度)」である。これは、湿度100パーセントの状態で感じられる体感温度であり、汗による蒸発冷却がもはや機能しない環境を表す。

 十分な水分補給があれば、人間は乾燥した環境で40度を超える高温にもある程度耐えることができるが、湿度100パーセントの状態で35度を超える環境に6時間以上さらされると、健康な成人でも命に関わる危険がある。

 現在の気候では、湿球温度が31度を超えるような場所は地球上でもきわめて限られている。だが、それが今後も続くとは限らない。

「人の住めない都市」が生まれる可能性

 ペルシャ湾(アラビア湾)は、アラビア半島と南西アジアに挟まれた、インド洋の一部にあたる浅くてほぼ内海のような海域である。この湾を取り囲む国々は、世界の石油供給の多くを担っている。

 カタールのドーハやアラブ首長国連邦のドバイといった湾岸都市は、いまや国際的なビジネスと観光の中心地となっている。

 もともとこの地域は酷暑で知られているが、湾の水深が浅く、すぐに温まって蒸発しやすいため、湿度も非常に高い。2071年から2100年にかけての湾岸地域の気温と湿度を予測したあるシナリオでは、ドバイ、ドーハ、アブダビなどの都市で、湿球温度が35度を超える日がたびたび訪れる可能性がある。

 つまり、今では猛暑とされる夏の気候が、やがては当たり前になるということだ。こうなると、湾岸地域は、特別な対策なしでは人が住めない場所になるかもしれない。地下に都市を建設する、といった極端な対策が求められるかもしれないのだ。

気温55度の世界

 現在のところ、エアコンを使える恵まれた人々にとってはまだ耐えられるが、貧困層や屋外で働かざるを得ない人々にとっては、状況はまったく異なる。

 今世紀末には、サウジアラビアのメッカで気温が55度を超え、湿球温度が32度に達する可能性がある。日中の屋外での礼拝が求められるハッジ(イスラム教の巡礼)では、すでに熱中症のリスクが高まっている。

 今までも、熱気と興奮、群衆の密集によって犠牲者が出ることはあったが、もともと暑いこの地域で気温がさらに上昇したことで、近年の状況はいっそう深刻になっている。

 2024年には、気温50度を超える中で数百人の巡礼者が亡くなった。グランド・モスクでは、気温が51.8度を記録している。

(本原稿は、ヘンリー・ジー著ホモ・サピエンス30万年、栄光と破滅の物語 人類帝国衰亡史〈竹内薫訳〉を編集、抜粋したものです)

ホモ・サピエンス30万年、栄光と破滅の物語 人類帝国衰亡史

ヘンリー・ジー 著/竹内 薫 訳

<内容紹介>

人類の歴史は、地球規模の支配を築いた壮大な成功の物語のようにも見える。しかし、その成功の裏で、ホモ・サピエンスはずっと「借りものの時間」を生きてきた。何千年も続いた栄光は、今や終わりが近づいている。なぜそうなったのか?その理由と運命を避けるための希望についても語る、全人類の必読のサイエンス読み物!

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