“6兆分の1秒”で電子1つを見つける新技術 英国と韓国の研究チームが発表 量子コンピュータへの応用に
英国国立物理学研究所(NPL)や韓国科学技術院(KAIST)などに所属する研究者らが発表した論文「Coulomb Sensing of Single Ballistic Electrons」は、わずか6兆分の1秒という時間分解能で単一電子を検出することに成功した研究報告だ。 【画像を見る】異なるタイミングで発射された2つの電子がビームスプリッター(緑色の障壁)付近で接近し、相互作用により一方の電子の軌道が変化することで単一電子検出を実現する仕組み【全2枚】 散乱を受けずに直進する弾道電子は、量子センシング技術や飛行量子ビットへの応用において重要な役割を果たしている。しかし「サブナノ秒」(1サブナノ秒=100兆分の1秒)という短い伝ぱ時間と複雑な相互作用のため、単一弾道電子の制御は困難を極めていた。従来の電荷検出方式では、検出に要する時間が長く、高速で伝ぱする電子を捉えることは不可能であった。 研究チームは電子同士の反発力を利用した新しい検出方式を開発した。この方式は「検出される電子」と「センシング用電子」という、役割の異なる2つの電子を用いる。両者の射出タイミングを精密に制御し、電子の進路を分けるビームスプリッターですれ違わせることで、一方の電子の存在がもう一方の電子に与える影響を捉えるものだ。 実験では、ガリウムヒ素(GaAs)二次元電子ガス内の独立した2つの電子源から、単一電子を500MHzの周波数で射出した。もしお互いの電子が近くにいれば、その電気的な反発力によって「センシング用電子」は少し押し返され、これを変化として捉えることで「検出される電子」の存在を捉えられる。 2つの電子の発射するタイミングを高い精度で制御し、ビームスプリッターで両者をすれ違わせた結果、2つの電子がほぼ同時にすれ違った瞬間、電子の進路が明確に変化することを観測した。 この相互作用が観測された時間は、わずか6ピコ秒(1コマ秒は1兆分の1秒)という極めて短いものであり、この手法が非常に高い時間分解能を持つことを実証した。さらにこの高い時間分解能により、連続して発射される複数の電子を個別に識別することも可能となり、実際に35ピコ秒間隔で放出される2個の電子の分離検出に成功している。 この技術は、飛行量子ビット技術における2量子ビットゲートの実現や、量子電気計測標準の開発など、量子技術分野での応用が期待される。電子1個ずつを正確に制御し検出する能力は、将来の量子デバイス開発において不可欠な要素技術となる可能性を秘めている。 Source and Image Credits: Fletcher, J. D. and Park, W. and See, P. and Griffiths, J. P. and Jones, G. A. C. and Farrer, I. and Ritchie, D. A. and Sim, H.-S. and Kataoka, M. Coulomb Sensing of Single Ballistic Electrons ※Innovative Tech:このコーナーでは、2014年から先端テクノロジーの研究を論文単位で記事にしているWebメディア「Seamless」(シームレス)を主宰する山下裕毅氏が執筆。新規性の高い科学論文を山下氏がピックアップし、解説する。X: @shiropen2
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