押し寄せる中国製品「破壊的」 ASEANの赤字拡大、発展の壁に?
止まらない武力侵攻やトランプ米大統領の再登板で、各国の主権が尊重される世界が脅かされています。シリーズ第4章は、米国の空白を埋めるかのように存在感を増す超大国・中国と、その恩恵も脅威も受け止めるアジアの姿を描きます。
ベトナム国境まで約180キロ。中国南方の都市、広西チワン族自治区の南寧市は、東南アジアへの玄関口の役割を担う。
「中国と東南アジア諸国連合(ASEAN)の関係は、アジア太平洋地域の協力において最も成功し、最も活力に満ちた模範だ」
中国・東南アジア諸国連合(ASEAN)博覧会の会場。中国とASEANの両地域から約3200社が出展した=2025年9月17日、広西チワン族自治区南寧市、鈴木友里子撮影9月に南寧市で開かれた中国・ASEAN博覧会の開幕式で中国の韓正(ハンチョン)・国家副主席はこう強調した。
この博覧会は、中国とASEAN諸国の貿易や経済協力を促進するために中国の提唱で2004年に始まった。22回目を迎えた今年は約3200社が参加。開幕式に立った韓氏は続けて、「24年の中国・ASEAN間の貿易額は1兆ドル(約155兆円)に迫り、5年連続でお互いにとって最大の貿易相手だ」と実績を強調。「中国は今後もASEAN諸国と共にウィンウィンを実現していく」と宣言した。
中国・東南アジア諸国連合(ASEAN)博覧会の開幕式であいさつする韓正(ハンチョン)・国家副主席=2025年9月17日、広西チワン族自治区南寧市、鈴木友里子撮影ただ、韓氏が強調した「1兆ドルに迫る」実績を読み解くと、「ウィンウィン」とは言い難い現実が見えてくる。
中国税関総署によると、24年の中国・ASEAN間の輸出入総額9823億ドル(約153兆円)のうち、中国からASEANへの輸出額が5865億ドルにのぼる。
これに対して輸入は3958億ドルで、中国は対ASEANで1907億ドルという過去最大の黒字を計上した。25年は24年をさらに上回るペースで黒字を拡大させている。ASEAN側からすると、中国から膨大なモノが入ってきて、貿易赤字が急増している状況だ。
ASEANに対する中国の貿易黒字は急拡大8月、インドネシアの首都ジャカルタにある大型展示場で開かれた国内最大級の玩具展示会。会場内に一歩足を踏み入れると、一瞬どこの国にいるのか分からなくなった。所狭しと並ぶ出展ブースは、実に9割以上が中国企業のものだった。
インドネシアの人口は世界4位の約2億8千万人で、国民の平均年齢は30歳前半。子供向け玩具の需要は大きい。広州から出展している中国人女性は「もうかると思ったから来た」と自信満々だ。
国内企業は会場の片隅にひっそりと固められていた。知育用玩具の製造に力を入れる「アグディア・トイズ」のヒダさんは、中国企業の進出を「破壊的」と表現する。低コストで大量生産する中国企業と価格面では競争にならない。
玩具製造会社「アグディア・トイズ」のヒダさん。中国企業の進出を「破壊的」と表現する=2025年8月22日、ジャカルタ、河野光汰撮影「インドネシア人なら、インドネシア製品を誇りに思うべきだ」と、中国企業のブースを行脚するインドネシア人バイヤーに憤慨しつつも、「安さは正義。現実を受け止め、品質で勝負するしかない」と話す。
玩具はインドネシアの製造業の中でも成長分野の一つだ。これから工業化を進めて経済を成長させようとする新興国にとって、玩具などの軽工業は重要な足がかりとなる。
しかし、そこに製造業大国となった中国が立ちはだかる。
国の産業構造は、労働集約型の軽工業から、技術や資本をより必要とする分野へと移り、高度化していくのが一般的だった。欧米先進国に、日本や韓国も続いた発展のパターンだ。
だが、中国は異なる。
電気自動車(EV)などの先端産業でシェアを拡大しつつ、玩具や繊維といった軽工業の存在感もなお大きいまま。EVが牽引(けんいん)役となり、23年に自動車の輸出台数で日本を抜いて世界一になった一方、玩具生産では世界シェア7割を握るおもちゃ大国でもある。
大型展示場で開かれたインドネシア国内最大級の玩具展示会のブースの大半は中国企業の出展によるものだった=2025年8月22日、ジャカルタ、河野光汰撮影軽工業のサプライチェーン(供給網)まで自国に抱え続ける中国製造業の拡大は、東南アジアなど新興・途上国の経済成長が「同じ道」を歩めないことを意味する。
インドネシア繊維・紡績糸製造業者協会のレッドマ会長によると、23~24年に国内では少なくとも60社が閉鎖し、約25万人がレイオフ(一時解雇)された。レッドマ氏は「安価な中国製品に国内企業が耐えられなくなった結果だ。製造業全体に波及している」と話す。
危機感を覚えた政府は24年6月、国内産業保護を理由に中国からの輸入品に最大200%の追加関税をかける考えを明らかにした。だが、中国は最大の貿易相手国。報復を受けた場合多大なダメージを被ることから「軽率」(識者)との声が上がった。結局、200%の追加関税はかけられていない。
タイの首都バンコクにある卸売市場「サムペン市場」には、安価な雑貨や衣料品が並ぶ。地元の商店主によると、多くの製品が中国本土から輸入されたものだという=2025年5月8日、バンコク、伊藤弘毅撮影同様の問題は東南アジア各国で起きている。タイでは安価な雑貨や電気製品、衣料品などが中国から大量に流入し、卸売市場を席巻している。
タイ商工会議所のポット・アラムワタナノン会頭は、電子商取引などを通じて中国製品が市場になだれ込む状況に、「タイ政府は、輸入製品に対する法規制の強化を真剣に強化すべきだ」と語る。だが、あるタイ財界関係者は、自由貿易政策を採る中で、「中国の製品や企業だけを排除することは不可能だ」といい、対策の難しさを認める。
取材に応じるタイ商工会議所のポット・アラムワタナノン会頭=2025年8月19日、タイの首都バンコク、伊藤弘毅撮影1980年代に改革・開放政策を本格化させた中国は、輸出の拡大を経済成長のエンジンとしてきた。2001年に自由貿易を推進する世界貿易機関(WTO)に加盟するとそのペースは加速。09年にドイツを抜いて世界一の輸出大国となった後もその勢いを落とすことなく、輸出の伸びは続く。
「国家資本主義」とも呼ばれる、政府が強力に推進する産業育成や国内に集積したサプライチェーンにより、価格競争力の高い中国製品が世界市場に大量にあふれる。その現状は、特にこれから経済発展を目指す新興・途上国にはあらがいがたい圧力となる。
中国の貿易黒字は今年も過去最高のペースで拡大今年始まった事態で、その傾向に拍車がかかっているようでもある。
トランプ米大統領が、これまでの世界秩序を形作ってきた自由貿易体制に背を向け、WTOのルールを無視した高関税を各国に課し始めた。これに対して中国はグローバルサウス(新興・途上国)を始めとする国々に向けて、自由貿易体制を守る擁護者としての姿をアピールしてきた。
マレーシアのクアラルンプール国際空港で2025年10月26日、歓迎式典で星条旗とマレーシア国旗を手にするトランプ米大統領。このあと東南アジア諸国連合(ASEAN)首脳会議に参加した=APただ、足元で起きているのは、中国が、トランプ関税で細った対米輸出を補うように、グローバルサウス各国への輸出を加速し、各国は対中貿易赤字を一層拡大しているという現実だ。
中国の今年の輸出総額は過去最高のペースで拡大し、貿易黒字は12月を待たずに史上初めて1兆ドルの大台に乗った。最大の輸出先であった米国向けが2割近く減っているにもかかわらず、だ。
既存の自由貿易体制の中で巨大化する中国製造業は、中国に続こうとする新興国の経済成長を遮る壁のように立ちはだかる。その壁は、米国が背を向けつつある世界で、一層高さを増しているようにも見える。
さらに、圧倒的な世界シェアを握るレアアースの輸出規制を材料に、トランプ政権との交渉を優位に進めた姿は、幅広い分野で市場を独占する中国製造業の姿を世界に改めて見せつけた。こうした経済の「武器」が自国に牙をむく懸念も、世界は消せずにいる。
この記事を書いた人
- 鈴木友里子
- 中国総局|中国経済担当
- 専門・関心分野
- 中国経済、日中関係
- 河野光汰
- ジャカルタ支局長
- 専門・関心分野
- どんな分野でも取材させて頂きます