検事総長は名誉を毀損したのか 袴田巌さん再審で破られた「不文律」
法廷の外では多くを語らず――。日本の検察には不文律がある。
これが約1年前、トップにより破られた。そして、戦後最大とも言える冤罪(えんざい)事件の弁護団を烈火のごとく怒らせた。
検事総長は袴田巌さん(89)の名誉を毀損(きそん)したのか。新たな法廷闘争が始まろうとしている。
キーワードは「犯人視」だ。
「冗舌」だった検事総長
「判決に納得できないなら控訴すべきだ。それをしないで判決批判なんて許されるのか」
一家4人を殺害したとして死刑が確定した袴田さんに対し、やり直しの裁判(再審)で無罪が確定した2024年秋。旧知の元検事は、控訴断念後の古巣の対応に首をかしげた。
検察は有罪立証の責任を負う。刑事司法の原則だ。法廷の外で好き勝手なことを言い出せば、収拾がつかなくなる。
「公判で言ったことがすべて」。検事たちの口癖だ。
しかし、畝本直美検事総長が出したA4判2枚の談話は「冗舌」だった。
「(判決の証拠の評価には)大きな疑念を抱かざるを得ません」
「判示された事実には、客観的に明らかな時系列や証拠関係とは明白に矛盾する内容も含まれている」
談話は、再審無罪とした静岡地裁判決をくどくどと批判。控訴しない理由は「袴田さんが、結果として相当な長期間にわたり法的地位が不安定な状況に置かれた」からとした。
そしてこう結んだ。「刑事司法の一翼を担う検察としても申し訳なく思っております」
検察OBは普段、古巣を擁護することが多い。しかし、この談話では様相が異なった。
別の元検事はこう評価した。「検察は法と証拠に基づいて活動している。不安定な立場に置いたから控訴しないなんて、政治的に判断したと言ったのに等しい」
黙認できなかった裁判長の「一言」
なぜ畝本検事総長は前代未聞とも言える談話を出したのか。過程を取材すると、判決文にある「一言」の存在が浮かぶ。
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