【中国ウオッチ】政権揺るがす大粛清に◇習派の軍高官、大量処分:時事ドットコム

 中国軍の制服組ナンバー2を含む習近平国家主席(中央軍事委員会主席)派の上将(大将に相当)9人の党籍・軍籍剥奪が発表された。これほど多くの軍高官が一斉に党・軍から追放されるのは極めて異例。習氏にとって大きな政治的打撃で、反腐敗を口実とする一連の処分は政権を揺るがす大粛清となった。(時事通信解説委員 西村哲也)

 中国国防省報道官は10月17日、全軍を指導する中央軍事委の何衛東副主席(党政治局員)ら9人について、重大な党規律違反や職務上の重大な犯罪容疑を理由に、党中央が党籍剥奪を、中央軍事委が軍籍剥奪を決定したと発表した。いずれも犯罪に絡む金額が特に大きい悪質な事案で、軍事検察機関へ送致されるという。

 軍人の中央軍事委副主席失脚は改革・開放時代では前例がない。党指導部である政治局の習派メンバーが粛清されたのも初めて。「汚職を厳しく取り締まった」というだけでは済まない事実上の政変である。

 9人の経歴は以下の通り(国防省の発表順)。

 何衛東=旧南京軍区(現東部戦区)の第31集団軍副軍長、南京軍区副参謀長、上海警備区司令官、東部戦区司令官などを経て、2022年から中央軍事委副主席・政治局員。中央軍事委で習主席、張又侠副主席に次ぐ序列3位、軍人としては2番目の高位にあった。軍内福建閥の筆頭格。

 苗華=第31集団軍政治部主任、第12集団軍(南京軍区)政治委員、海軍政治委員などを経て、17年から中央軍事委の組織運営を担う政治工作部主任。軍における習氏の代理人として人事を牛耳り、何衛東氏らを要職に就けたが、昨年11月に停職処分となった。

 何宏軍=中央軍事委政治工作部の主任補佐、副主任を得て、昨年7月から常務副主任。

 王秀斌=第31集団軍副軍長、第1集団軍(南京軍区)軍長、南部戦区司令官などを経て、中央軍事委連合作戦指揮センター常務副主任。

 林向陽=第31集団軍副軍長、中部戦区司令官などを経て、22年から東部戦区司令官。

 秦樹桐=第31集団軍副政治委員、第1集団軍政治委員、陸軍政治工作部主任などを経て、22年から陸軍政治委員

 袁華智=苗氏が海軍政治委員として人事を担当していた時期、海軍陸戦隊の初代政治委員に起用された。その後、海軍副政治委員などを経て、22年から同政治委員。

 王厚斌=苗氏が海軍政治委員だった時期、南海艦隊参謀長→海軍副参謀長→海軍副司令官と昇進。23年7月、ロケット軍(ミサイル部隊)出身者以外で初めて同軍司令官に任命された。

 王春寧=第12集団軍長、北京衛戍区司令官などを経て、20年から人民武装警察(武警)司令官。今年7月に解任判明。

習主席側近の人脈を徹底排除

 この9人のうち6人は旧南京軍区(特に第31集団軍)、2人は海軍の出身。同集団軍は、習氏がかつて長く勤務した福建省の部隊で、何衛東、苗の両氏は習氏の直系だ。袁、王厚斌の両氏は、苗氏が海軍時代から重用していた。何宏軍氏だけは南京軍区でも海軍でもないが、苗主任率いる中央軍事委政治工作部で次席に引き上げられた。

 苗氏以外の8人が全員、苗氏と縁があるのは偶然ではあるまい。10年かけて、ようやくワンマン体制を築いた習氏が自らの権力基盤の重要部分を破壊する愚行に走る理由もない。

 つまり、今回の処分は、習氏の軍掌握でキーパーソンとなっていた苗氏とその人脈の徹底的排除を目的としたと言ってよい。中国の反腐敗闘争は綱紀粛正の看板を掲げて政敵を打倒する権力闘争であり、軍内の習派はその闘いに負けたということだ。

 苗氏ら9人のうち8人は党中央委員だったので、10月20~23日に開かれた第20期党中央委員会第4回総会(4中総会)での追認を経て、党籍剥奪が確定した。

 香港各紙によると、4中総会では本来、中央委員の補充人事で軍人の中央委員候補(投票権のない中央委メンバー)4人が、第20回党大会(22年)で選出された時の得票順で中央委員になるはずだったのに、いずれも下位の幹部に飛び越されて昇格できなかった。

 その中には、軍中枢の事務を取り仕切る中央軍事委弁公庁の方永祥主任(上将)が含まれていた。方氏も第31集団軍出身で、福建閥たたきに巻き込まれて失脚したとみられる。習氏は自分の軍事担当秘書官に当たる側近まで失い、軍指導者としては丸裸になったように見える。

 また、習氏側近中の側近といわれる鍾紹軍氏が国防大学政治委員を退任したことが同26日、平壌の中国大使館公式サイトの記事で分かった。平壌の行事に参加した中国軍代表団の団長を務める国防大学政治委員が鍾氏ではなく、別人であることが明らかにされた。

 鍾氏は昨年前半、中央軍事委弁公庁主任から国防大学政治委員に転じた。在任1年数カ月での退任は異例で、失脚した可能性がある。習氏が政権トップになる前からその秘書役を務め、分身のような存在だった。

 一方、「二つの確立」など習氏に対する個人崇拝スローガンや「中央軍事委主席責任制」はいまだに強調されているので、「君臨すれども統治せず」といったところだろうか。

軍指導部の空席埋められず

 今回の9上将処分は異例というだけでなく、不可解なことが多い。

 まず、党指導部の一員である政治局員の軍人や軍最高幹部の中央軍事委員を含む高官の党籍剥奪を国防省が発表したことだ。同省は形式上、政府機関だが、事実上は、政府から独立した中央軍事委の一部門となっている。

 慣例に従えば、政治局が中央軍事委からの不正調査報告を承認した上で、党籍剥奪を決定、発表する。ところが、今回は軍側が政治局を差し置いて、独自に処分を公表。軍が越権行為でその力を誇示した形になった。

 4中総会コミュニケは苗氏らについて「政治局が先に決めた党籍剥奪処分を4中総会が確認した」と説明したが、国防省報道官の発表では「党中央が党籍剥奪処分を決定した」とされており、政治局には言及していなかった。本当に政治局が処分を決めたのかどうかは定かではなく、実際には軍が処分を決定し、それを党側に認めさせた可能性もある。

 また、今期の中央軍事委の軍人メンバーは当初の6人から半減してしまったので、4中総会で当然、補充人事が行われるとの見方が多かったが、補充は全くなかった。反腐敗の論功行賞なのか、汚職取り締まりを担当する中央軍事委規律検査委の張昇民書記が中央軍事委員から副主席に昇格した。しかし、慣例に反して、政治局入りしなかった。

 制服組トップとして軍内の習派粛清を主導しているといわれる張又侠氏は軍人で唯一の政治局員となった。ただ、中央軍事委員を補充できなかった今回の軍人事は、軍内習派の中核は排除されたものの、張又侠氏の優勢が確立したわけではないことを示している。また、もし同氏が「党が軍を指揮する」という社会主義国の大原則に反する動きを強めれば、党内で強い反発を招く恐れがあり、かじ取りが難しいところだ。

 4中総会に出席した中央委員は168人、中央委員候補は147人で、3中総会(昨年7月)からそれぞれ31人、18人減った。1年余りで計49人もの中央委メンバーが消えるという異常事態だ。その大半は反腐敗闘争の対象者で、軍人が特に多いと思われる。苗氏に近い有力退役軍人にも、異変説が流れているものの処分は発表されていない者がいる。

 このため、軍内の大粛清はまだ当分続き、軍指導部の再建は、それが完全に終わって権力闘争の決着がついてからになりそうだ。

(2025年10月28日)

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