「悠仁さま」20歳 この1年を振り返る 「あまりにお寂しいことです」…成年の祝宴に「愛子さま」「小室弁護士夫妻」が欠席された“複雑な事情”

 秋篠宮家の悠仁親王殿下は9月6日、20歳の節目のお誕生日を迎えられた。昨秋には成年式を迎えられ、公務に出席される機会も増えた悠仁さま。折しも先の皇室典範改正を巡っては「悠仁親王殿下までの皇位継承への流れを揺るがせにしてはならない」との「立法府の総意」が示されるなど、ますますお立場の重さが増している。一方で、姉の小室眞子さんと圭さんの結婚を巡る騒動から続く、秋篠宮家への逆風が未だ収まらないのもまた事実である。「週刊新潮」では、この1年、悠仁さまの公の場でのご活動の詳細を報じてきた。それを振り返ってみよう。 【前後編の前編】 【最新写真】「友人と満面の笑顔でピース」 胸元がザックリ開いたTシャツ姿の眞子さん  ***

 悠仁さまにとって、この1年の最大の行事は昨年9月6日に行われた「成年式」であっただろう。成年式とは、古来の元服を由来とし、成年皇族の仲間入りを示す門出の儀式。皇室にとっても、1985年11月の礼宮さま(現・秋篠宮さま)以来、40年ぶりの大行事であった。当日、悠仁さまは、モーニングコート姿で天皇陛下の使者から成年の冠を受け取られる「冠を賜うの儀」や、未成年の装束で成年の冠を被られる「加冠の儀」、そして燕尾服で両陛下にご挨拶する「朝見の儀」などに臨まれた。 「週刊新潮」2025年9月18日号では、宮内庁担当記者がこう振り返っている。 「悠仁さまの所作がりりしく、陛下が大変お喜びになっていたのが印象的でした。何度もリハーサルをされたとはいえ、悠仁さまの自信を感じさせる一挙手一投足は、それは頼もしいものでした。朝見の儀で『成年皇族としての責務の重さを自覚し、さらに勉学にいそしむとともに経験を積み……』と宣言されると、陛下は『学業に励まれるとともに、皇族としての務めを立派に果たされるよう願っております』と祝福されました。陛下の『皇族としての務めを立派に』というお言葉には、“よし、公務を頼むぞ”というご意志が込められていたと拝察します」

 一方で、先の記者は、 「人数的にはややさみしさがあった」とも指摘している。  叔母である黒田清子さんや、叔父に当たる紀子さまの弟・川嶋舟さんは参列されたものの、姉である小室眞子さんとその夫・圭さん、そして昨春に誕生が公表されたお2人のベイビーのお姿は見られなかったのである。  なぜか。「週刊新潮」2025年8月14・21日号ではその理由を宮内庁関係者がこう語っている。 「生まれて間もない子を長旅に連れて帰国というのも現実的ではなく、また眞子さんは日本で受けたバッシングの記憶もあって帰国には消極的だと聞いています」  皇室問題の専門家も、 「もし小室さん夫妻が出席すれば、肝心の成年式以上に注目を集めることになってしまいます。本来ならばお二人は招かれるべき立場にあります。ただし帰国すること自体が大きな話題となり、いわば晴れの舞台に“水を差す”ような事態となりかねない。お招きになる側の秋篠宮ご夫妻だけでなく、眞子さんもその点は十分に分かっているはずです」


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 むしろ大きな“異変”を感じさせたのは、成年式の夜に行われた祝宴に、愛子内親王殿下が出席なされなかったことであろう。愛子さまは翌7日、新潟で開催された「防災推進国民大会2025」にご臨席の予定があり、6日は儀式に参列後、祝宴にはお出にならず、夕刻の上越新幹線で新潟に入られたのだ。  門出となる晴れの舞台への「いとこ」のご欠席には、ネット上で、 〈愛子さまが日程をお決めになったわけではないとは思いますが(略)わざわざその日に合わせるのはなあ……と、思います〉 〈宮内庁もなんとか言えばいいのに〉  といった、穏やかならざるコメントが並ぶに至った。

 こうした“波紋”が生じてしまった背景には、過去の「両家バッティング」が少なからず影響しているとの指摘もある。  式から遡る3年前の2022年3月17日、愛子さまの成年会見が行われた。当日の愛子さまは堂々たるお振る舞いで初の単独会見をこなされ、そのお姿はメディアで称賛された。ところが、この日は悠仁さまが当時通われていたお茶の水女子大学附属中の卒業式でもあった。こちらのニュースは、愛子さまの話題でかき消されてしまう格好となったのだ。 「紀子さまは大いに落胆され、側近らに対して“どうしてこのようなことになったのでしょうか”とお嘆きになっていました。そして1週間後には、宮内庁の西村泰彦長官(当時)が定例会見で“私のミス”と調整不足を認め、陳謝するという異例の結末を迎えたのです」(「週刊新潮」2025年9月11日号 皇室ジャーナリストの証言)  続けて、同じ年の10月1日、両陛下が国体開会式ご出席のため栃木県に行幸啓された。当時はコロナ禍で皇室のご活動が中断されていた最中。皇室が本格的に始動するという記念すべき日だったのだが、まさにその日、学校の秋休みを利用した悠仁さまが、伊勢神宮を参拝なさった。宮内庁は当時、あくまで“私的ご旅行”であると弁明したのだが、陛下の重要な行事の日と重なったことで、またしても物議を醸してしまったのである。 「これらはいずれも侍従職と皇嗣職との連携不足が引き起こしたもので、つまりは役所の不手際でしかなかった。それでも外形的には、まるで天皇家と皇嗣家との間がギクシャクしているかのような印象を世間に与えてしまいました」(同)

デイリー新潮
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