ローマ帝国が築いた道をマップ化したら、実際は11万kmも長かった

Image: Itiner-e

これは「すべての道」と言っていいレベル。

「すべての道はローマに通ず」と言われますが、実際のところローマの道はどれくらいあったのでしょうか?

最新の研究によると、これまで知られていたより11万km長い約30万kmに及ぶ可能性があるそうですよ。

巨大データセット「Itiner-e」が描くローマ帝国の道

今回、高解像度デジタルデータセット「Itiner-e」によって、西暦150年ごろのローマ帝国時代の道路網が再現されました。

考古学的・歴史的記録、地形図、衛星画像を活用し、巨大な地図を作成したところ、総延長29万9000kmにも及ぶ道が、約400万平方kmのローマ帝国全域にわたって張り巡らされていました。

古代ローマの道路地図

学術誌Natureに掲載された論文のなかで、研究チームは「ローマ帝国の道路網は、人々や物、思想の移動を構造化し、帝国の支配を維持するうえで極めて重要でした。しかし、何世紀にもわたる研究にもかかわらず、その地図化は不完全なままであり、資料間の統合も不十分です」と述べています。

チームは、Itiner-eを「ローマ帝国全域における最も詳細かつ包括的なオープンデジタル道路データセット」と説明しています。

Image: Itiner-e, Artas Media, MINERVAアルジェリアにあるローマ帝国が建設した道を再現

紀元2世紀に最盛期を迎えたローマ帝国は、現在のイギリスからエジプト、シリアにまで広がり、5,500万人以上を支配下に置いていました。

新たな地図では、従来の推定値よりも11万616km長い道が確認されたといいます。チームによると、イベリア半島、ギリシャ、北アフリカの道路網がより広くカバーされたことに加え、過去に提案されていた道路を実際の地形に基づいて修正した結果、約11万km延長されたそうです。これまで一直線に書かれていた山岳地帯の道を、現実的な曲がりくねった道に修正したことなどが反映されているとのこと。

論文では、より正確な道路網を把握する重要性について次のように説明されています。

この資料は、古代の世界における移動手段が、交流や行政、さらには感染症の拡大にどのように影響していたかを理解するうえで画期的であり、この地域における数千年にわたる陸上での移動手段の発展を研究するうえでも極めて重要です。

Image: Adam Pažout, Itiner-eヨルダンにある古代ローマのマイルストーン

正確な位置が確定している道はごくわずか

Itiner-eには、合計1万4,769の道路区間が収録されています。そのうち、34.6%が幹線道路65.4%が周辺道路に分類されています。特筆すべきは、正確な位置が確定している道路はたった2.7%しかない点です。89.8%は精度が低いとされており、7.4%は推測に基づいているとのこと。

研究チームは、この点についてこう説明します。

これは、ローマの道の『存在』と『位置』の間にある私たちの認識の乖離(かいり)を表しています。収録されている道がローマ時代になんらかの形で使用されていたことはわかっていますが、正確な位置は確定していないのです。

また、Itiner-eは道路網が時間とともにどのように発展したかを表しているわけではないとも指摘しています。

Image: Google Maps / Itiner-e古代ローマの道とグーグルマップを比較

基本的なレベルで見ても、Itiner-eは古代ローマの広大な領土を可視化し、帝国がどれほど密接に結びついていたかを理解しやすくなっています。

また、現代の地図と比較すると、現代のBologna(ボローニャ)、Modena(モデナ)、Parma(パルマ)、Piacenza(ピアチェンツァ)、Milan(ミラノ)を結ぶ道路が、西暦150年に古代のBononia(ボノニア)、Mutina(ムティナ)、Parma(パルマ)、Placentia(プラセンティア)、Mediolanum(メディオラヌム)を結んでいた道路と同じだったりします。

道は、場所だけじゃなく、時代もつないでいるんですね。Itiner-eの公式サイトが提供しているインタラクティブマップで道をたどったり、下の動画を見てローマ時代に想像をめぐらせるのもおもしろいのではないでしょうか。

Image: Itiner-e / YouTube

Reference: Itiner-e, Itiner-e / YouTube

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