アングル:国内製造に挑む米企業、価格の壁で早くも挫折
[ニューヨーク 2日 ロイター] - 米国発の「人間のための犬用ベッド」ブランド「プラフル」の共同創業者、ユキ・キノシタ氏とノア・シルバーマン氏は、2022年に米国の人気リアリティー番組「シャーク・タンク」で試作品を披露した。出演時、ふっくらとした肌触りの低反発ベッドを中国で製造し、米国の小売店で299ドルで販売することを想定していた。
審査員として出演したマーク・キューバン、ロリ・グライナー両氏は計20万ドルを出資してプラフル株の20%を取得。自社のウェブサイトとアマゾン・ドット・コムで販売し、23年の売り上げは100万ドルを超えた。
だが、トランプ米大統領が4月に中国からの輸入品に145%の関税を課すと表明したのを受け、キノシタ氏とシルバーマン氏は小売業者が米国で製造した犬用ベッドに興味を示すかどうかを調査した。
小売価格が高くなったとしても、「米国製」というラベルが魅力的なセールスポイントになり、米小売業者の対中国関税への懸念を和らげることができるかもしれないと考えたのだ。
両氏は以前、低反発のベッドを1台当たり150ドルで製造できる米西部ラスベガスの工場を見学していた。中国で製造すれば全体のコストは100ドルに抑えられる。
しかも米国の工場での150ドルの製造コストには、カバーに使う人工毛皮の費用が含まれておらず、中国から輸入する必要があるため、1台につき追加で100ドルかかる見込みだった。
2人は米会員制量販店コストコに「米国製・500ドル未満」の商品を売り込んだが、コストコは今年は取り扱えないと回答し、来年に再検討するかもしれないと説明した。コストコはコメント要請に応じなかった。
両氏のように、中国からの輸入品に高関税を支払うか、国内で生産して大幅なコスト増を引き受けるかの選択を迫られている米中小メーカー経営者は数万人いる。たとえコスト増を覚悟して米国内での生産を選んでも、別の現実に直面する。消費者向けの価格を設定するのは小売業者であり、関税に直面しても価格を変えようとはしない。
トランプ氏が中国からの輸入品に対する関税を55%に引き下げると6月11日に発表したのを受け、両氏は「人間のための犬用ベッド」を引き続き中国で生産し、299ドルの小売価格を据え置くことを決めた。
キノシタ氏は「(梱包する)箱を小さくすることで輸送効率を上げたり、私たちのマージンをいくらか削ったりといったさまざまな方法でコストを吸収している」と説明した。
<マージンを切り詰め>
中西部ウィスコンシン州で健康的でストレスを軽減する炭酸飲料を製造するモーメント社の創業者、アイシャ・チョッタニ最高経営責任者(CEO)も関税の影響で食料品店での商品販売が脅かされていることに気づいた。同氏もシャーク・タンクに出演したことがある。
同社の商品を入れる缶を製造するキャンワークス社は、中国から輸入している成形前のアルミが関税引き上げの対象となったため、缶価格を20%値上げした。
チョッタニCEOが0.04ドルを価格に転嫁しようとしたところ、テキサス州とニューメキシコ州にある約30店舗でモーメント社の「ストロベリーローズ」飲料(3.99ドル)を取り扱うアルバートソンズ社の反応は迅速だった。一切の値上げを拒否し、価格を据え置くか、さもなければ取引をやめるかの選択を求めてきたのだ。
アルバートソンズはコメント要請に応じなかった。
2月にはスーパーのスプラウツ・ファーマーズ・マーケットも全米の店舗でモーメントの飲料の取り扱いを始めたが、モーメントは缶の値上がり分を価格に転嫁出来なかった。チョッタニ氏は「ベトナムや他の場所の工場に生産を移す時間がなかった」と話す。
チョッタニ氏は今のところ、コストが上がっても卸売価格を据え置いている。同氏は投資家から追加資金を調達するとともに、コスト削減を図っているが「たとえ短期間であっても、価格が20%も上がればキャッシュは一気に枯渇するだろう」と嘆いた。
<ベビー用品への関税>
苦労しているのは新興企業だけではない。オランダを地盤とする高級ベビー用品メーカー、バガブーは中国に自社工場を所有しており、関税を乗り切る準備は万端のようだ。
米国での輸出入記録や出荷明細書のデータを調査しているインポート・ジーニアスによると、バガブーは米国で1500ドル程度で販売している人気ベビーカー「フォックス5」を含めて米国に輸入するベビーカーやチャイルドシートのうち97%を中国・アモイの工場で製造している。
だが、トランプ氏の関税強化を受けてバガブーは戦略の見直しを始めた。同社は地域的な生産の柔軟性を確保するためにアジアの他の国々に生産拠点を移すか、米国に移転することを検討し始めたが、いずれにしても数年先のことになる。
バガブーがアモイに工場を設立するのには数年を要した。米国で同様の体制を構築するには同じだけの時間がかかるだろう。北米担当最高商業責任者(CCO)のジャネル・テベス氏は「今始めたとしても、事業の立ち上げには数年はかかるだろう」と話す。
米国には現在、高度な工具、高級な素材、熟練の労働力を必要とするベビーカーに特化した製造拠点がない。テベス氏は「単に部品を組み立てるだけではない。性能と安全性が必要不可欠だ」と強調する。
同時にバガブーは関税引き上げ分の一部を顧客に転嫁することを決め、5月20日に赤ちゃん向けの背の高いいすやベビーサークル、フォックス5の新モデルを含めた一部製品を50―300ドル値上げした。
テベス氏は「今回の値上げは関税を完全に相殺するものではなく、バガブーは米国の世帯や小売業者への影響を最小限に抑えるためにコストの一部を吸収し続けている」と訴えた。
<テークノート>
南部フロリダ州ペンサコーラを拠点とする文房具メーカーのシンプリファイド社は、ハードカバーで表紙の角を金色の材料で装飾し、箔押しし、カラー印刷を施されたスケジュール帳を中国・深センで約12ドルで生産している。
関税の引き上げで中小企業が痛みを感じ始めた後、創業者でCEOのエミリー・レイ氏はなぜ製造拠点を米国に移さなかったのかと多くの人に尋ねられた。
レイ氏は「単に米国にはインフラがないからだ」と明かした。問題なのは、同じスケジュール帳を米国で製造すると38ドルもかかる上、材料の品質は下がるということだ。
スケジュール帳の小売価格は64ドルで、レイ氏は製造コストを25%に抑えていると打ち明けた。もしも関税引き上げ分のコストを上乗せすれば小売価格が100ドルに跳ね上がるため、それはできないと語った。
レイ氏は「人々は紙のスケジュール帳に100ドルも払うつもりはないし、払うべきでもない」と語気を強める。同氏は、関税を制定するために緊急事態権限を行使したのは違法だとしてトランプ氏を提訴した。
その間もレイ氏は関税のコストを吸収し、中国での製造を続けている。
レイ氏は「私たちは皆、アメリカンドリームを追求し、事業を創造することを奨励されている」と述べ、「どんなに低い関税でも、企業にとっては重い負担でしかない。全体の趣旨からすると、(トランプ関税は)逆効果のような気がする」と語った。
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