新型「iPad Pro」が登場、独自モデム「C1X」が示す日本市場を重視する姿勢

 アップルは10月22日にM5チップを搭載したタブレット「iPad Pro」を発売する。M5はM4と比べて4倍を超えるピーク時のGPU演算性能を発揮。GPUベースのAI処理を劇的に高速化する。特にM4より約30%増加したユニファイドメモリ帯域幅は153GB/sとなり、大規模なAIモデルをデバイス上で実行できるようになる。

 アップルとしてはM5でオンデバイスでAIを処理できることを猛烈にプッシュしており、「アップルはAIで出遅れている」という世間的なイメージの払拭に躍起のようだ。

 職業柄、iPad Proで気になったのは予定通りの搭載であった「M5」ではなく、モデムチップの「C1X」だ。

 C1Xは9月に発売されたiPhone Airから搭載されたアップルの自社設計モデムだが、今回、iPhone Air以外の製品にも搭載が拡大した格好だ。

 アップルのプロダクトマーケティング バイスプレジデントであるボブ・ボーチャーズ氏はC1Xに対して「ハードウェアやソフトウェア、シリコンが絡み合う複雑なモデムシステムも、すべて自社で設計できる。チップからC1Xモデムに対して、電力効率を考えながら、どんな通信をすればいいのかを指示できるため、省電力と性能を両立できる」と胸を張る。

 4Gや5Gなどのセルラー通信の世界において、クアルコムの技術的なアドバンテージは絶対的なものであった。

 だが、アップルとしてはクアルコムから高価なモデムをふっかけられ続けるのに嫌気がさしたのだろう。5年以上前、アップルが自社でモデムを作るという話が出た際には、スマホ業界の誰もが「アップルは無謀だ」と思ったに違いない。クアルコムに対抗できるモデムをアップルが作れるとは誰も信じていなかったのだ。

 長きに渡って、アップルはクアルコムに依存し続けるかと思いきや、アップルは今年、自社設計のモデムを作ってしまった。

 ボブ・ボーチャーズ氏は「アップルが持つ半導体の専門知識をモデムに組み込むというのは、我々としては長期戦と考えている。戦略的投資と技術開発によって、iPhone 16 Proに比べて消費電力は3割減、性能はC1に比べて倍の能力を誇るC1Xが誕生した。我々のシリコンチームは地球上で最もベストと言える技術チームだ」と自信を見せた。

 アップルがクアルコムに対抗するモデムを作っただけでなく、きっちりと「特別なキャリア対応」をしてきた点も注目に値する。

 アップルが最初に自社設計モデムとしてつくった「C1」は2月に発売されたiPhone 16eに搭載されたが、残念ながらBand11と21には非対応であった。

 Band11はauやソフトバンク、Band21はNTTドコモが持つ周波数帯だ。特にNTTドコモはBand21に結構なトラフィックを流していることもあり、発売前には「ドコモユーザーはiPhone 16eを使って大丈夫か」と言われたものだ。

 結局、発売後も、ドコモでiPhone 16eを使っているユーザーから不満の声は特段、聞かれなかったように思う(そもそも、ドコモのネットワーク品質が落ちているという話もあるが)。

 アップルはこのままBand11と21を無視し続けるのかと思いきや、iPhone AirのC1XでキッチリとBand11と21に対応してきた。

 そのせいか、iPhone Airでは日本専用のSKUが登場し、ちょっと話題になったのだった。業界内では「iPhone Airは日本専用モデルを作ったために、日本市場に大量に在庫が確保せざるを得なかった。だからこそ、発売直後でも余裕で買えるのではないか」とささやかれたほどだ。

 今回、発売となるiPad ProのWi-Fi+セルラーモデルでは13インチがA3361とA3362、11インチがA3358とA3359というそれぞれ2つのSKUとなっている。

 すべてのモデルでアメリカや中国本土、日本が対応になっているのだがA3361とA3358では1.5GHz帯のBand11と21が利用できるものの、A3362とA3359は非対応となっていた。

 つまり、C1Xを採用したiPad Proも「ドコモのためにSKUが2つ作られた」と言えるのだ。ちなみに過去のiPadも調べたが、アップルのサイトに掲載されているモデルは、ほとんどが「Band11と21が使えるSKUと非対応のSKU」となっていた。

 先日、ティム・クックCEOがわざわざ来日して、アップル銀座のリニューアルオープンに立ち会ったように、アップルにとって日本は重要なマーケットだ。

 そのトップシェアを誇るNTTドコモが持つ周波数帯を無視して製品など投入できないというわけだろう。

 ちなみに、グーグルのPixelも世界でもNTTドコモと中国キャリアぐらいしか持っていない「n79」になかなか対応しなかったことから、NTTドコモから発売されなかったという経緯がある。グーグルがPixel 8シリーズからn79に対応したことで、ようやくNTTドコモとしても採用を決めたのだった。

 アップルとグーグルをもってしても、NTTドコモに足を向けて寝られないということだろう。

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