元朝日新聞記者・今野忍氏が「辺野古転覆事故」現地取材 現役船長は「安全管理の意識が1ミリもない。これは完全な人災です」

 5月15日から3泊4日の日程で、WEBメディア「ReHacQ(リハック)」の取材クルーと沖縄へ飛んだ。3月に発生した辺野古沖のボート転覆事故の真相を追うためだ。  米軍基地建設のための埋め立て工事を海上から見学するツアーに、研修旅行で訪れた同志社国際高校の生徒18人が参加。抗議船2隻が相次いで転覆し、船長の金井創氏と、武石知華さん(17)が帰らぬ人となった──。  現地に到着して私は言葉を失った。知華さんたちが乗船したという護岸への道は極めて足場が悪い。なぜ学校の研修旅行で、こんな劣悪な場所から乗船させたのか。  後に取材を進めて分かったことだが、学校から生徒の乗船を請け負った「ヘリ基地反対協議会」と、地元の漁港との間には、普段からまともな交流がなかった。防波堤に囲まれ、足場も整備された漁港の船着き場を使わせてもらっていたら、あんな危険な護岸から乗る必要などなかったはずだ。  漁港周辺を取材する私たちを見て、「少しなら話せる」と声をかけてくれた現役船長がいた。狭い業界ゆえ顔出し・声出しは一切NGの完全匿名だ。 「あの日は、海に出てはいけない日でした」  船長によると、当日は波が2メートル近くにまで達する悪天候だった。 「そんな日に、定員いっぱいの『素人』を乗せ、20フィート級(6~7メートル)の小さな船で出航するなんて自殺行為に近い」

 海に出てからも致命的なミスが2つあるという。  1つ目が「航路選択の誤り」だ。船が転覆した小島周辺はリーフエッジ(サンゴ礁の縁)で、浅瀬と深場の境界線ゆえに激しい白波が立ちやすい。 「船舶免許を取るとき、悪天候時は絶対近づくなと教わる魔の海域です」  2つ目が救助判断の誤りによる二次被害だ。1隻目の「不屈」が転覆した際、2隻目の「平和丸」は救助能力などないのに生徒10人を乗せたまま救助に向かい、転覆。共倒れである。船長が続ける。 「安全管理の意識が1ミリもない。これは完全な人災です」  この指摘は高校側にも当てはまる。学校は事前の下見を怠り、どんな船でどんな危険な航路を行くのかすら把握していなかった。当日は引率の教員が乗船せず、生徒たちの命を丸投げ状態だった。 「ヘリ基地反対協議会」もまたきな臭い組織だ。設立は1997年。大手新聞やテレビはなぜか明確な表現を避けるが、日本共産党ががっちりと構成団体に名を連ねる政治色の強い組織だ。社民党も深く関わっており、私の独自取材では、福島瑞穂・党首が複数回にわたってこの団体の抗議船に乗り込んでいる。こうした革新政党に、県内の労働組合や市民団体が野合した任意団体が、今回の悲劇を招いたのだ。  次回はこの団体と学校の関係、そして歪んだ「平和教育」の罪について、さらに深く切り込みたい。 【プロフィール】今野忍(こんの・しのぶ)/1975年、神奈川県出身。外資系コンサルを経て、2003年に朝日新聞社に入社。約20年間にわたり政治部に所属し、菅義偉元首相、岸田文雄元首相の番記者などを務めた。2026年1月に独立。現在は、フリーの政治記者・解説者として活動している。 ※週刊ポスト2026年6月19日号

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